3.大文字山登山

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「あっ、はい。もう慣れました。最初は注文を聞くのもしどろもどろだったんですけど……」  最初の頃は、すらすらと話せなくて、よく言葉を噛んでいた。けれど今は大丈夫だ。 (もしかすると、私、接客業の方が向いてるのかな?……なんて、ちょっと調子がいいからって図に乗ったらダメだよね。颯手さんが優しいから、うまくやれてるだけだし)  自分を褒めて、落とし、勝手に落ち込んでいると、 「あんた人当たりいいから、接客業が向いてるのかもな。そういや、前は営業事務をしていたんだっけか?経験が活かされてるのかもな」 誉さんが私の顔を見て、ふっと微笑んだ。 「えっ……」 (事務の経験が接客業に活かされているなんて、思ったことなかった)  私の心の声を読んだように、 「どんな経験も糧になるもんだよ」 誉さんは続ける。 「…………」 「わっ!急にどうしたんだ!?」  思わず涙ぐんでしまった私に、誉さんが驚いた声を上げた。 「……私、今まで、自分は社会人として一人前じゃないって思っていたんですけど、誉さんに言われて、そんな私の経験も無駄じゃなかったんだなって思ったら、泣けて来ちゃって……すみません、私、涙腺緩過ぎですよね……」  すんっと鼻をすすりながら言うと、誉さんが真顔で、 「ちょっと頭下げてみろ」 と言った。 「……?」  言われるがまま頭を下げると、ぽんぽん、と大きな手で撫でられる。 「あんたは頑張ってるよ」 「……!」 (そんな優しい言葉を掛けられたら、また泣いてしまう)  うつむいたまま、これ以上、涙が溢れない様に堪える。  すると、 「あっ、誉、また愛莉さん泣かしてる」 コーヒーをトレイに乗せた颯手さんが戻って来て、誉さんを軽く睨んだ。 「ち、違うんです、颯手さん。これは私が勝手に……」  慌てて手を振ると、颯手さんは、にこりと微笑み、 「僕も分かってるで。愛莉さん、頑張ってはるって」 そう言った後、 「はい、お待たせ」 誉さんの前にコーヒーを置いた。  ふわりと香るコーヒーの匂いに、心が落ち着いていく。 (京都に来て良かった)  私は心からそう思った。
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