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「あっ、はい。もう慣れました。最初は注文を聞くのもしどろもどろだったんですけど……」
最初の頃は、すらすらと話せなくて、よく言葉を噛んでいた。けれど今は大丈夫だ。
(もしかすると、私、接客業の方が向いてるのかな?……なんて、ちょっと調子がいいからって図に乗ったらダメだよね。颯手さんが優しいから、うまくやれてるだけだし)
自分を褒めて、落とし、勝手に落ち込んでいると、
「あんた人当たりいいから、接客業が向いてるのかもな。そういや、前は営業事務をしていたんだっけか?経験が活かされてるのかもな」
誉さんが私の顔を見て、ふっと微笑んだ。
「えっ……」
(事務の経験が接客業に活かされているなんて、思ったことなかった)
私の心の声を読んだように、
「どんな経験も糧になるもんだよ」
誉さんは続ける。
「…………」
「わっ!急にどうしたんだ!?」
思わず涙ぐんでしまった私に、誉さんが驚いた声を上げた。
「……私、今まで、自分は社会人として一人前じゃないって思っていたんですけど、誉さんに言われて、そんな私の経験も無駄じゃなかったんだなって思ったら、泣けて来ちゃって……すみません、私、涙腺緩過ぎですよね……」
すんっと鼻をすすりながら言うと、誉さんが真顔で、
「ちょっと頭下げてみろ」
と言った。
「……?」
言われるがまま頭を下げると、ぽんぽん、と大きな手で撫でられる。
「あんたは頑張ってるよ」
「……!」
(そんな優しい言葉を掛けられたら、また泣いてしまう)
うつむいたまま、これ以上、涙が溢れない様に堪える。
すると、
「あっ、誉、また愛莉さん泣かしてる」
コーヒーをトレイに乗せた颯手さんが戻って来て、誉さんを軽く睨んだ。
「ち、違うんです、颯手さん。これは私が勝手に……」
慌てて手を振ると、颯手さんは、にこりと微笑み、
「僕も分かってるで。愛莉さん、頑張ってはるって」
そう言った後、
「はい、お待たせ」
誉さんの前にコーヒーを置いた。
ふわりと香るコーヒーの匂いに、心が落ち着いていく。
(京都に来て良かった)
私は心からそう思った。
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