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3.大文字山登山
「あかん、このままやと、今月も赤字や……!」
『Cafe Path』で働き始め、半月が経った7月の半ば。
客のいない店内で、ノートパソコンで帳簿を付けていた颯手さんが頭を抱えた。
いつも誉さんに「閑古鳥」と言われている『Cafe Path』だが、実際にはパラパラと観光客が入ってくるので、全くの閑古鳥というわけではない。けれど、やはり1日の内の何時間かは、誰も客の入ってこない時間帯があった。
「あの……なんだかすみません」
時間を持て余して、床にシート式のモップを掛けていた私は、颯手さんに謝った。
「え?なんで愛莉さんが謝るん?」
颯手さんが顔を上げ、きょとんとしたようにこちらを見る。
「だって、私がいるせいで、確実に人件費上がってますよね」
アルバイトへの給料の支出は、店にとって負担のはずだ。
「なんや、そんなこと気にしてたん?調理をしている時は接客を任せられるし、僕は愛莉さんがいてくれて、助かってるで」
颯手さんは微笑むと、優しい言葉を掛けてくれる。今まで働いて来た中で、こんなに優しい上司に出会ったことがない。私は感激して、
「私、もっと頑張りますね」
颯手さんに向かって握りこぶしを見せた。
「おおきに」
颯手さんは、急にやる気に燃え始めた私を見て、ふふっと笑った後、
「それにしても、この数字はあかんわ。なんとかせんと……」
また頭を抱えて考え込んでしまった。しばらくの間、そうしていたが、ふいに顔を上げると、
「面倒やから、出来れば使いたくなかったけど、しゃあない。あの手で行くか」
と何かを決心したように独り言ちた。
「あの手?」
何だろうと思って首を傾げる。すると颯手さんは私に視線を向け、
「愛莉さん、良かったら明日の朝、僕に付きおうてくれへん?一緒に散歩しよ」
と言って、にっこりと笑った。
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