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てっきり哲学の道を散歩するのだと思っていた私は、
「どこへ行くんですか?」
颯手さんに向かって問いかけた。
「あそこや」
颯手さんは悪戯っぽい目をして微笑むと、真っすぐに目の前の山を指さした。「大」と書かれたその山は、毎年8月16日「五山の送り火」で火が灯される、大文字山だ。
「えっ?あの山登れるんですか?ていうか、今から登るんですか?」
私が思わず驚きの声を上げると、
「登れるで。それに、そんなにしんどくないで。早い人やと30分もあれば登れるし」
との返事が返って来た。
「ええっ……」
登山経験なんて全くない。大丈夫だろうかと心配になりながら、颯手さんについて坂を上る。土産物屋が軒を連ね、日中は賑やかなこの通りも、今はどこもシャッターが閉まっていて静かだ。
颯手さんは銀閣寺の前まで来ると、左へと曲がった。するとその先に八神社という神社の鳥居が見え、その前を更に右へ曲がる。
道なりにどんどん進むと、次第に樹木が鬱蒼として来て、登山道らしい雰囲気が漂って来た。
しばらく川沿いに、車も入れそうな広めの砂利道の坂を上ると、目の前に小さな橋が見えて来て、
「さあ、ここからが本番やで」
颯手さんは、既に息切れしている私を振り返った。
(まだ本番じゃなかったんだ)
その事実に愕然とし、登山に怯み出した私の背中を、
「張り切って行くで」
颯手さんが軽く叩く。
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