3.大文字山登山

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 てっきり哲学の道を散歩するのだと思っていた私は、 「どこへ行くんですか?」 颯手さんに向かって問いかけた。 「あそこや」  颯手さんは悪戯っぽい目をして微笑むと、真っすぐに目の前の山を指さした。「大」と書かれたその山は、毎年8月16日「五山の送り火」で火が灯される、大文字山だ。 「えっ?あの山登れるんですか?ていうか、今から登るんですか?」  私が思わず驚きの声を上げると、 「登れるで。それに、そんなにしんどくないで。早い人やと30分もあれば登れるし」 との返事が返って来た。 「ええっ……」  登山経験なんて全くない。大丈夫だろうかと心配になりながら、颯手さんについて坂を上る。土産物屋が軒を連ね、日中は賑やかなこの通りも、今はどこもシャッターが閉まっていて静かだ。  颯手さんは銀閣寺の前まで来ると、左へと曲がった。するとその先に八神社という神社の鳥居が見え、その前を更に右へ曲がる。  道なりにどんどん進むと、次第に樹木が鬱蒼として来て、登山道らしい雰囲気が漂って来た。  しばらく川沿いに、車も入れそうな広めの砂利道の坂を上ると、目の前に小さな橋が見えて来て、 「さあ、ここからが本番やで」 颯手さんは、既に息切れしている私を振り返った。 (まだ本番じゃなかったんだ)  その事実に愕然とし、登山に怯み出した私の背中を、 「張り切って行くで」 颯手さんが軽く叩く。
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