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「さあ、大の字の真ん中に到着や」
大の字の真ん中の火床は十字の形をしていて一際大きかった。その前には小さなお堂があり、私が興味深く覗いていると、
「これは弘法大師さんをお祀りしている大師堂いうお堂や。さて、もうそろそろええ時間やな」
颯手さんは山の上に視線を向けた。登山を始めた時はまだ薄明るい程度だったが、山の向こう側ではもう完全に日が出ているのか、かなり明るくなって来ている。
じっと空を見つめていると、
「ああ、来た来た」
山の端から、ゆっくりと太陽が顔を見せ始めた。颯手さんは朝日に手を合わせると、静かに目を閉じ、
「『金伯五金の気を呼び 全家の軸となる 百幸千福 甲一宮家の金箋に集まり 五方化徳 大皓金神 願わくば兆家一宮家に留まらんことを 奇一天心 寄増万全』」
と唱えた。その呪文を8回繰り返した後、目を開け、
「これでええわ」
ふうっと息を吐いた。
誉さんがいつも唱えている祝詞とは雰囲気が違うように感じたので、
「今の呪文は何だったんですか?」
と尋ねると、
「今のは陰陽道の商売繁盛の呪言やで」
そう教えてくれた後、
「これを毎朝、朝日を拝んでから唱えんねん。なかなか面倒やろ」
颯手さんは肩をすくめた。
まさかこれから毎朝、大文字山を登らなければならないのだろうか。
「気合入れます……!」
私が覚悟を決めて拳を握ると、颯手さんは一瞬きょとんとした後、ぷっと噴き出した。笑いながら手を振り、
「ああ、ええんやで。愛莉さんは来んでも。僕だけ毎朝来るし。まだ愛莉さんは大文字山に登ったことがないやろうからと思て、今日は誘ってみただけや」
と言ってくれたが、
「いいえ。私も来ます。私だって『Cafe Path』の一員なんですし、お店のことが心配ですから」
私は力強く宣言した。
「それに、いい朝活にもなりますし、ダイエットにもなりますから」
笑顔を向けると、颯手さんは、
「愛莉さんはええ子やね」
と言って目を細めた。
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