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1.大豊神社の狛ねずみ
どこからか、ひらりと一枚、花びらが降って来た。
思わず掌を差し出し捕まえて、目に近づけて見ると、それは桜の花びらだった。
「桜?どこから……?」
周囲を見回してみたが、それらしき木は見つからない。首を傾げてもう一度花びらを見つめる。強く握ってしまえばすぐにつぶれてしまう、この薄くて儚げな桃色の花びらは、確かに桜だ。
不思議なのは、この東京ではとっくに桜の時期は終わっていて、どこを探しても、もう花を咲かせている木はないということだ。
(散るタイミングを逃しちゃったか、それとも、散りたくなくて今まで頑張って咲いていた花があるのかな)
私は、ビジネス用のトートバッグから読みかけの文庫本を取り出すと、ページの間にその花びらをそっと挟み込んだ。家に帰ったら、この不思議な花びらで、栞を作ってみようと思う。
(もしかすると、幸運を運ぶ桜……だったりして)
そんなロマンティックな願いが脳裏に浮かんだが、すぐに先ほどまで感じていた憂鬱な気持ちを思い出し、頭を振った。幸運なんて、今の私・水無月愛莉には縁遠い言葉だ。
私は、紙の卸売商社で営業事務をしている。
ただし、身分は正社員ではなく、派遣社員。大手派遣会社に在籍し、3カ月単位の契約で、クライアント先(今の会社)に雇用されていた。
つまり、長期的に働くことが出来るかどうか何も保証されていない、将来に不安を抱かざるを得ない雇用形態で働いているのだ。
いつ契約を切られるか分からない心配が常にあったが、そうならないように、仕事には真面目に取り組んできたつもりだ。けれど先日、ついに、次の契約が更新されないという旨の連絡を受けてしまった。理由は、4月から新入社員が入社し、人手不足が解消されたからとのことだった。
「田名さんのせいで、6月から私はお払い箱かぁ……」
正社員が入って来たから、派遣社員はいらない、という会社側の考えは分かるが、この一年、一生懸命働いて来た身としては、どうしても「そんな無体な」という気持ちになってしまう。
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