3.大文字山登山

1/11
1765人が本棚に入れています
本棚に追加
/176ページ

3.大文字山登山

「あかん、このままやと、今月も赤字や……!」  『Cafe Path』で働き始め、半月が経った7月の半ば。  客のいない店内で、ノートパソコンで帳簿を付けていた颯手さんが頭を抱えた。  いつも誉さんに「閑古鳥」と言われている『Cafe Path』だが、実際にはパラパラと観光客が入ってくるので、全くの閑古鳥というわけではない。けれど、やはり1日の内の何時間かは、誰も客の入ってこない時間帯があった。 「あの……なんだかすみません」  時間を持て余して、床にシート式のモップを掛けていた私は、颯手さんに謝った。 「え?なんで愛莉さんが謝るん?」  颯手さんが顔を上げ、きょとんとしたようにこちらを見る。 「だって、私がいるせいで、確実に人件費上がってますよね」  アルバイトへの給料の支出は、店にとって負担のはずだ。 「なんや、そんなこと気にしてたん?調理をしている時は接客を任せられるし、僕は愛莉さんがいてくれて、助かってるで」  颯手さんは微笑むと、優しい言葉を掛けてくれる。今まで働いて来た中で、こんなに優しい上司に出会ったことがない。私は感激して、 「私、もっと頑張りますね」  颯手さんに向かって握りこぶしを見せた。 「おおきに」  颯手さんは、急にやる気に燃え始めた私を見て、ふふっと笑った後、 「それにしても、この数字はあかんわ。なんとかせんと……」 また頭を抱えて考え込んでしまった。しばらくの間、そうしていたが、ふいに顔を上げると、 「面倒やから、出来れば使いたくなかったけど、しゃあない。あの手で行くか」 と何かを決心したように独り言ちた。 「あの手?」  何だろうと思って首を傾げる。すると颯手さんは私に視線を向け、 「愛莉さん、良かったら明日の朝、僕に付きおうてくれへん?一緒に散歩しよ」 と言って、にっこりと笑った。
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!