零話 土御門 誠

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 客人が帰ると、最奥の子供は深い溜め息を吐き、簾を持ち上げながら、狩衣をはだけさせた。 「あ~あつい~~」  まだ幼く大きな瞳に、長い髪を束ね、透き通るような肌と整えられた眉尻が凛々しく、晴明な少年が畳に仰向けになって扇子を扇ぐ。 「これ! まこと! 土御門の嫡子嫡男でありながらなんじゃその(てい)たらくは!」 「だってばあ様~あの中、すっごくあついんだもん」  はっきりとした話し方をする(とし)五つの子供は、シワの深く、足腰が悪いのか杖をつきながら立ち上がる老婆に反駁する。 「(しょ)の最中じゃったな。ほれ戻るんじゃ」  杖の先で寝転ぶ、まことの腹をつつきながら促す。 「勉強ばっかり嫌だ~。外で遊びたい」 「お主は長男! そのような我儘(わがまま)が赦される立場ではない!」 「立場とか長男とか、ばあ様そればっかりだもん。姉様の方が歳上だよ!」  杖の痛みに耐えかね、起き上がり、仰々しい烏帽子を取った。 「家を、名を継ぐのは、代々長男と決まっておるじゃろ!」  家督相続に政略結婚。時代錯誤と思われる風習、慣習、これ即ち伝統である。  こんなものを守れと五つの子に説くのだから、如何にこの土御門が世俗を嫌い、華族としての誇りを誇示している事が分かる。 「ぶ~ぶ~」 「婆に向こうて、なんじゃその態度は!!」  杖を振り上げた瞬間、まことは老婆の杖の柄を拳底で押さえ、小さな体で老婆の攻撃を防いだ。 「分かりましたぁ~。センセー待ってるから、戻る」  小さな狩衣の袖と袴を畳に擦りながら、とてとて広間を出ていった。  取り残された老婆は強く畳に杖を立て、歯噛みしながら、誰に問う訳でもなく呟く。 「あな忌々しい……」
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