十二 ここで一つ事件を整理してみよう(三)

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** 「あの時限式のクロスボウの存在はどうにも厄介です。ドロシー・ミカミを犯人とする説にしても、犯人としない説にしても水を差してくる。犯人がそんなことにまで考えが及ばない人間であったとすればそれまでではありますがね」  喋っている途中でステイシーはどうにも自分があのラッセル・バレットという青年に毒されているような気がしてならなかった。  現実の犯罪者は誰も彼も小説の登場人物のように合理的に行動するわけではない。  とはいえ普通の犯罪者は密室トリックも仕掛けなければ、偽の手がかりも仕掛けないのもまた事実なのだが。 「時限式クロスボウの柄には月時計——月光を用いる魔術のために造られたものだ——が付けられていました。  この一番長い針、月針は月の満ち欠けの周期、つまりは二九.五三日で一周します。この点だけ踏まえると犯人は約三十日前からこの仕掛けをしていた可能性があるわけですが、それに被害者が気付かなかった可能性はどれほどあるでしょうか」 「ウェッダーバーン副学長のほか数名の関係者が、ミカミ氏が慢性的な視野狭窄を訴えていたという証言があります。おまけに例のクローゼットの扉が壊れている個所やクロスボウの仕掛けられた位置は人間の腰の高さほどです。明かりもありませんから近くによって覗き込まない限りは、特に目に不安のない人間でも気付かなったのではないでしょうか。クローゼットの中の埃っぽさからしてその扉が滅多に開けられなかったことも推察されます。つまり仕掛けが成功したかはともかく、それにミカミ・ケイコ氏が気付かなかった公算は高いように思えます」 「私も同意見です。となると次の問題は誰がこの仕掛けを仕掛け得たかということです」 「知っての通り学長室の扉には簡単な閂錠しか付いていませんでした。というのもこの学園と同い年であるこの校舎はその存在自体が文化財、できるだけ改修せずに使用するというのが代々の方針だったようです」  ケイコ・ミカミは部屋にいるとき、いないときを問わず、この閂錠を閉めないことが多かったようだ。  閂錠に限らず鍵を部屋の外から念動魔術によって操作するというのはものぐさな魔術師にしばしば見られる行動だが、ミカミはその手段は採用していなかった。  例の防衛魔術がかかっている以上、部屋の外から念動魔術によって閂をスライドさせるのはミカミにも不可能だ。  その魔術をいちいち解除しなかったという意味ではものぐさなのかもしれないが、優れた魔術師が多く過ごすこの学園において閂など何の意味もないと考えていたとすれば合理的ではある。  不用心と言えば不用心だが、そのためにミカミはこの部屋に貴重なものは置かないようにしていたという。  そういう意味では遺体発見時、この閂錠が閉まっていたということも些細なことながら一つの謎なのである。
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