負の代償

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「慧……さ……ん」 「いいよ。……何も言わなくていいから」 「……っ」  蛍の目から涙が溢れる。次から次へと頬を伝い、身体が小刻みに震えた。  慧はそんな蛍を柔く、しかし全身で守るようにしっかりと抱き、立ち上がる。 「蛍!」  浄化を終えたオウルは、一目散に蛍の元へ飛んでくる。抱き上げられた蛍の膝の上に下り、慧をチラリと見た。 「いいよ」 「蛍」  慧の許しを得ると、オウルは蛍の胸元まで近づき、間近で蛍の顔をじっと見つめる。 「蛍……」  蛍の瞳からは、止め処なく涙が零れ落ちる。このまま消えてしまうのではないかというほど儚げに見える蛍に、オウルは頭をすりすりと擦りつけた。  温もりを伝えるように、自分たちはここにいると主張するように。 「大丈夫だ、オウル。蛍ちゃんはまた元気になって、僕たちに笑顔を見せてくれるから。だから……早く家へ帰ろう」  慧の言葉に、オウルは大きな瞳をゆっくりとまばたきさせた。  慧はそっと後ろを振り返る。そこには、元の姿に戻った優美が倒れていた。  彼女にどのような過去があり、どういった経緯で七桜に目をつけられるような人間になったのかは知らない。  人よりも優位に立ち、人を見下さなければ保てない自我。よほどその思いが強かったのだろう。だから、彼女は七桜の実験の餌食となってしまった。  「人を呪わば穴二つ」、そんな言葉が頭に浮かぶ。  優美が妬みを抱いたのは、おそらく蛍だけではない。自分より優位に立とうとする人間全てだ。片方の穴には犠牲となった多くの人間が埋まっている。そして、もう片側には自分自身が──。 「負の代償は、途轍もなく大きい。それがわかっていても、止められないんだろうね」  慧は視線を移し、蛍を見つめる。そして、ほんの少し腕に力を込めた。 「君が戻ってきてくれて……本当によかった」  涙を流し続ける蛍の目尻に唇を押し当て、慧はゆっくりと歩き始めた。
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