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『AMBITION』を出た後、いつもどおり後始末は翔平に任せ、慧は蛍を車に乗せてそのまま病院へ向かう。重傷といえる怪我はなさそうだが、縛られていたのか、手足が傷だらけになっていた。
それよりも心配なのが、蛍の精神だ。七桜が言うように、壊れてしまったとは思いたくない。しかし、それに近いダメージは受けているだろう。
蛍は何も言わず、ただひたすらに涙を流している。まばたきを忘れたようにずっと目を見開いたまま──。
オウルは蛍に身を寄せ、心配そうに見つめている。時々頭をすり寄せ、そしてまたじっと蛍を見つめる。
いつもの蛍なら、そんなオウルに笑いかけ、頬をすり寄せたり、指先で嘴をつついたりする。しかし、今の蛍は何の反応もない。
一人の人間が目の前でインフェクトにされる。それは恐怖以外の何物でもない。インフェクトにされるということがどういうことなのか、知っているからこそ尚更だ。その上、インフェクトにされたのは、助けたいと思っていた旧友。
慧はギリッと歯を食いしばる。七桜が蛍につけた傷はあまりに大きい。
七桜を憎む気持ちもあるが、何より自分に対しての怒りが収まらない。あれほど注意していたというのに、あっさり蛍を連れ去られてしまったこと、たった一人で七桜、オリジンと対峙させてしまったこと。
一体どれほどの恐怖と絶望を味わったのだろうか。
「慧、落ち着いてください」
チラリと横を見ると、オウルが慧を見上げていた。慧の逆立つ気持ちが伝わるのだろう、オウルの瞳が心配そうに揺れている。
朔弥に言われたとおり、マスター失格だと自嘲する。
「……わかった」
落ち着けと言われたところで落ち着けるわけがない。しかし、今は蛍のことが最優先だ。
慧は車体ができるだけ揺れないように気をつけながら、アクセルを踏み込んだ。
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