69人が本棚に入れています
本棚に追加
第2章 引きこもり 4
少しして檀家が集まり始めた。
来る面子は大抵決まっていて、そのほとんどが老人だ。
やって来た檀家は見慣れない魔王がいることに気付くと、男性の場合は大抵「どうしてここに外国人が?」と言わんばかりの怪訝そうな面持ちになり、女性の場合だと「あら、いい男」などと独りごちて魔王に興味津々の様子だったものの、魔王は誰とも視線を合わせることなく、無言でただ椅子に座り続けていた。
樹はやって来た役員達に塗香を勧めつつ、挨拶を交わしていたが、やはり皆魔王のことが気になるようで、ちらちらと視線を向けている。
だが近寄り難い雰囲気のせいか、外国語に自信がないからか、あるいはその両方か、魔王に話し掛けようという檀家は皆無で、さもありなんと樹は思った。
魔王は人間ではないだけに、興味本位であれこれ詮索されると面倒なので、放って置いてくれるのは有り難い。
程なくして時間になり、樹はホワイトボードの横に移動した。
今回――と言うか、修行を終えてこの寺に帰って来てから、樹は副住職として毎回司会進行役を務めているのだ。
真綾はまだ高校生であるし、準備だけしてくれればいいとは言ってあるのだが、中学に上がってからずっと総会に出席し続けていて、今日もパイプ椅子に座る檀家達の向かって右手に並んだ椅子の一つ――英知の席の隣に腰掛けて、総会が始まるのを待っている。
そして檀家達の正面――ホワイトボードの前には空の議長席があった。
まだ来ていない者もいるが、他の檀家達を待たせるのも悪いので、とりあえず始めさせてもらうことにする。
ほんの二十人程度の集まりで、マイクを使わなくても十分声は通るので、樹は心持ち声を張って言った。
「えー、それでは時間になりましたので、今年度一回目の碧玉寺護持会総会を始めさせて頂きます」
総会は勤行に始まり、住職の挨拶と護持会の総代の挨拶が済んだ後、総代を議長に選出してようやく議案に入った。
議案は昨年度の事業報告、会計決算報告及び会計監査報告、そして今年度の事業計画案などだ。
事業計画では、まず火災保険が切れるのでその更新を提議し、特に反対もなく可決されたところで、樹は手元の書類を見ながら檀家達に説明する。
「次いで、今年度も前年度に引き続き、『お悩み解決事業』を行う予定です。前年度の活動内容については先程報告させて頂いた通りで、これまでは主に檀家である皆さんのお悩み解決に当たって来ましたが、今年度は前年度以上に檀家さん以外の方にもこの寺の活動を知って頂けるよう、周知活動を含めた積極的な活動をして行きたいと考えております。そこで少々人手を増やしたいと思いまして、こちらの方にお力添えをお願いすることにしました。ご紹介します、魔王さんです」
魔王は全く動じずに立ち上がると、檀家達に向かって優雅に一礼して見せたが、英知と真綾は「ええええええ」と顔に書いたまま完全に固まり、檀家達は揃ってどよめいた。
魔王が静かに着席すると、樹は続ける。
「『魔王』というのは渾名のようなもので、勿論本名ではありませんが、ご覧の通りの外国の方ですから、長い横文字の名前より呼び易くていいでしょう。魔王さんもその方がいいということなので、どうぞそう呼んで差し上げて下さい」
困惑顔の檀家達が細かいことを追求し始める前に、さっさと話を終わらせてしまおうと、樹は続けた。
「少々縁あって、魔王さんには『お悩み解決事業』をお手伝い頂くことになりましたが、僧侶ではありませんし、得度を受けたこともない方です。しかし結構な資産家でいらっしゃるので、お手伝い頂くに当たって給与は必要ないそうですし、とても優秀な方ですから、きっとこれまでよりも皆さんのお悩みを解決できると思います。今後状況によっては、この事業に携わる人数が増減することもあるかも知れませんが、今年度もこの事業を温かく見守って頂ければと思います。賛成して頂ける方は拍手をお願いします」
樹がそう言うと、檀家達の間からぱらぱらと拍手が上がった。
見知らぬ外国人である魔王が参加することに抵抗があるのか、全員賛成という訳ではなかったが、それでも半分以上の檀家が手を叩いている。
樹が安堵していると、議長が言った。
「では、この議案は賛成多数で可決されました」
最初のコメントを投稿しよう!