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手元ではぴかぴかに磨き上げられた父の革靴が窓から差し込む日光を艶やかに跳ね返している。松田さんはすっと腰を上げ、目元に優しい皺を寄せながら答えた。
「何か作るよ。パスタか、冷麺か。ご飯もあるけど」
何でもいいよ、と言いかけて、少し欲をかいた私。宿題殲滅作戦の総仕上げとして気合を注入するため、彼の作ってくれた料理の中でも特にお気に入りをリクエストした。
「……ミルフィーユカツ。大葉とチーズはさんだやつ」
靴を手早く下駄箱に仕舞い、手袋を外しつつ、彼は少しおどけて敬礼をする素振りしながら答えた。
「承知いたしました。お嬢様」
ちょっとサムい。それでも、こうして気さくに接してくれることが嬉しくて。食堂へと向かう廊下で前を歩く松田さんの背中は、華奢で薄くて頼りないけど、見ていて安心する。けれど、触れてはいけない背中。近くて遠い背中。ああもどかしい。せつない。でも、とてもやさしい気持ちになれる。
私が幼い時から、この家には何人もの”使用人”がやって来た。昔は3人とか4人とかもっと人数が居たんだけど、あまりに過酷すぎる”労働環境”にすぐに音を上げて入れ代わり立ち代わり。
松田さんは仕事ができたり父に気に入られてたってわけじゃないけど、怒られても詰られても辞めずに頑張って来た。今ではそんな彼ひとりだけ。
この仕事は、ちょっとお金持ち風にいうと”執事”ともいえるけど、実際は”家政婦”と言った方が近いのかもしれない。ご飯を作ったり掃除をしたり、広い屋敷のようなこの家を管理する業務とは別に、膨大な量の雑用をこなさなければいけない。見るからに松田さんは忙しそうで、いつか身体を壊すんじゃないかといつも心配している。
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