それを食ったのならば

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 圭太を中心としたグループが勇翔に絡んでくるようになってから、もう一週間が経つ。  圭太たちは中学校全体で有名なグループだった。それはもちろん、悪い意味で、だ。  しかし、それまで特定の人間を長くターゲットにすることはなかったはずなのに、なぜか勇翔に対して彼らはしつこかった。初めは小さな嫌がらせ程度だったのが、今ではどんどんエスカレートしてきている。  その理由がわからない。  勇翔には、彼らの——圭太の不興を買うようなことをした覚えは全くないのだ。  だから、これはある意味、その疑問を解消するチャンスなのかもしれない。  無表情に見下ろしてくる圭太を見返しながら、勇翔はそう思った。 「圭太……」 「なに?」  恐る恐る呼びかけてみると、きちんと返事がきた。意外なことに、圭太には勇翔と会話をしてくれるつもりがあるらしい。 「あの、さっきの……」 「うん」 「僕の弁当……」 「うん」 「食べるつもりだったんだけど……」 「あっそ。……えっ、なに、もしかしてまだ食べるつもり、とか? マジで? すごいな、お前」 「……」 「別に止めないよ。校庭に落っこちてるから、食べに行けば? 砂だらけだろうけど」  微塵も悪びれる様子のない圭太に、腹が立つよりも、むしろ感心した。  勇翔は自分の席に座っていて、圭太はその前の席に陣取り、こちらを向いている。それだけ見れば二人はまるで友人同士のようだけど、実際のところは全く違う。  圭太はいじめっ子で、勇翔はいじめられっ子だ。  ……それはどうしてなのだろう、と、勇翔はずっと考えている。 「……圭太は」 「なに」 「なんでそこにいるの」 「いちゃ悪いのかよ」 「え、いや、そうじゃなくて。なんで僕に、嫌なことするのかなって」  教室の中の喧騒はどこか遠い。まるで、勇翔と圭太のことを、その他大勢から遮断する壁のようだ。 「僕、圭太に何かしたっけ」  もしかしたら勇翔が鈍感なだけなのかもしれないけれど、本当に心当たりがない。こんな風に絡まれるまでは、そもそもまともな接点すらなかったと思う。  膝の上で手を組みながら問う勇翔に、圭太はというと、少し驚いているようだった。二人きりになって初めて、感情らしい感情が彼の顔に浮かぶ。 「それさぁ、普通、直接聞く?」 「えっと、気になったから……」 「気になっても聞かないんだよ、普通は。お前って、何考えてんのか全然わかんない。なんか、怖いよ」  圭太は苦虫を噛み潰したような表情を作る。 「さっきだって眉ひとつ動かさねえし、痛くも痒くもありません、みたいな顔してさぁ……お前の考えてること、全然わかんない。そういうところが気持ち悪いんだよなぁ、ホント」  圭太の瞳がすいと動く。その視線の先を辿ると、床に転がったままの弁当箱に行き着いた。青色のプラスチックの内側には、米粒が点々とこびりついている。 「……それが理由ってこと? 僕が……わかりづらいから?」 「どうなんだろ。まあ、ほら、例えば、お前が……泣いて嫌がったりしたら、わかりやすくて面白いとは思うけど。無理なのかなぁ。お前って、なんかサイコパスっぽいし」  話がうまく呑み込めなくて、勇翔は瞬きをした。サイコパス、ってなんだろう。泣いて嫌がるのが面白い?  と、その時、グゥと間抜けな音が鳴る。圭太の腹からだった。「あ、腹減った」と呟くと、圭太は身軽な動作で机から降りる。  そのまま自分の席へ行ってしまいそうだったから、勇翔は慌てて彼を呼び止めた。 「圭太っ。それってさ、それってつまり……圭太は僕をわかりたいってこと?」  圭太は首だけ回して振り返り、目を細めた。 「だから、そういうところが気持ち悪いんだって」
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