それを食ったのならば

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 ケラケラ。軽快な笑い声が聞こえる。  机に頭を押さえつけられた勇翔(ゆうひ)は、視線だけを動かして声の主を見た。  少し離れたところで、圭太が勇翔の弁当箱を手に取り、笑っている。 「なんだこれ。めちゃくちゃ手抜きじゃん、この弁当」  見ろよ、と圭太が弁当箱を傾けると、周囲にいたクラスメイトたちが一斉にそれを覗き込んだ。 「これ、どうせ昨日の残り物だろ?」  圭太が白い歯を見せながら問いかけてきた。事実なので頷くと、頭上で笑い声の合唱が起こった。何が面白いのか、勇翔にはさっぱりわからない。  勇翔の頭を押さえている男子生徒までもが笑うものだから、振動が伝わり、頭の側面がガツガツと机にぶつかって痛かった。 「可哀想だなぁ」  芝居がかった調子で圭太が言う。 「ホント不味そう。購買の飯のほうがまだマシじゃねえの? ほら、カップ麺とかあるじゃん。そういうの食べた方がいいよ。これ、善意からのチューコクってやつなんだけど」 「僕は別に……」  母さんが作ったその弁当でいいんだけど、という勇翔の言葉は、勢いよく窓辺に飛びついた圭太の行動によって遮られた。  止める暇もない。  圭太は窓から身を乗り出し、弁当箱をひっくり返す。どろり、中身が空中に飛び出していった。  赤や白、茶色が、遠い視線の先を舞う。  あ。あれ、昨夜食べたきんぴらごぼうだ——。 「あっ、落ちちゃった」  ひとごとのように呟く圭太の顔が、逆光で黒く塗りつぶされて見える。しかし、圭太の瞳は、その影よりもずっと暗い色をしていた。 「でも、いいよな。不味そうだったし。捨てる手間が省けて良かったじゃん。なあ?」  まさか。これでいいはずがない。  母が忙しい合間を縫って作ってくれた弁当が不味いはずはないし、捨てる予定なんてなかった。だが、ここで肯定しなければ、きっと面倒なことになるだろう。勇翔はそれをわかっていた。  これはショーなのだ。主役は圭太で、勇翔は脇役。筋書きは初めから決まっている。余計なことをしなければ、いずれは必ず終わりがある。  それをわかっているから、冷たい机に頬をつけたまま、勇翔は頷いた。 「……うん」 「だよな。ほら、弁当箱」  空になった弁当箱が、勇翔の足もとに放られる。高く乾いた音が耳を叩いた。 「じゃ、解散、解散。昼飯食いっぱぐれちまうぞ、お前ら」  圭太の言葉を合図に、勇翔の周囲に集っていたクラスメイトたちが一斉に散っていく。勇翔が抵抗しないよう押さえつけてきていた生徒も、何事もなかったかのように手を離し、自分の席に戻っていった。  やっと終わった。肺の奥から深く息を吐き出しながら、勇翔は起き上がる。そして、ぎょっと目を見開いた。  皆と同様に立ち去ったものだと思っていたのに、圭太がまだそこにいたからだ。圭太は前の席の机に行儀悪く腰掛けたまま、勇翔のことを見下ろしていた。
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