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04
ウィングスがコーチの狙撃教習はその後も何度か行われた。
「飲み込みが早いな。もう教えることはない」
そう言われるのに一月とかからなかった。
レッドにとってウィングスの射撃は理想だった。芸術の域に達しているとさえ思った。レッドはそれを自分のものにしようとした。ウィングスの姿勢、銃の持ち方を特技であるあの特殊能力を使って、まるでコピーしたように自分の身体に技術として取り込んだ。
「目的はもう達成したの?」
既に技術を手に入れたレッドは余裕の笑みを浮かべて尋ねた。
「いや、もうすぐだ」
ウィングスも笑みを返す。
それは互いに別の思考を抱きながら、対立するような笑みだった。
ウィングスという射撃のコーチがいなくなってから、レッドは自動式拳銃しか使わなくなった。時々反動で体が吹っ飛びそうになるような威力を持つ銃器ををいじっていると
「お前に必要なのは威力のある銃ではない。技術を磨け!」と父親に叱られた。レッドはそんな父を見ているとおかしかった。
『パパ、何をそんなに 焦っているの?』
心の中で、そう呟く……
「これで撃てば、あの狙撃者(スナイパー)にも勝てるかな……」
レッドはアジトの武器庫に置いてあった自動式拳銃――デザートイーグルを手に取り、独語した。番犬を撫でる飼い主のように“それ”を視線で撫で回す。
あいつのWings(翼)をこれで……
撃ち落とせるかな?
「ふふ……」
レッドはじっくりと思考の中で味わいながら、薄っすらと笑みを浮かべた。 彼はウィングスの技術を模写した。だが、あの才能が妬ましい。ウィングスはレッドの技術を認めたが、レッドは満足していなかった。自分は彼の真似をしているだけにしか思えなかったのだ。
ここにいてくれたら許してあげたのに……
その妬みは憎悪に変わりつつあった。
「ここにいたか」
父の声がしてレッドは振り向いた。何やら良い知らせでも持ってきたのか、口の端から笑みが零れていた。
「ロンドンに行って来い」
「ロンドン?」
改めて行く様な所なのか
と思い、レッドは問い返す。
「面白いものが見られるぞ……」
父は不気味な眼をしてそう答えた。
レッドは生まれてからずっとウルフガング一家にいた。自分の境遇というものに苛むようなことは一切無かった。母親はいなくともここまで育った。これが馴染みの、彼にとっては安住の地だ。そう思っていた……
「お前と同じ姿の遺伝子操作双子がロンドンに住んでいる。そいつを捕まえろ」
自分のこの特殊能力が遺伝子操作によるものだということは聞かされていた。それを誇らしいとさえ思った。普通の人間を睥睨することができる、そんな気がしたからだ。それが……もとは同じ遺伝子を持つ双子となりえた人間が、一般社会という平穏な世界の中で暮らしていると言う。
自分だけが悪に染められ……
『二つの能力を一つの力にするんだレッド。彼とお前は二つで完成形なんだ』 父が言ったその言葉は暗示のようだった。
レッドはその暗示にはかからなかったが “利用してやる”――そう決めた。同じ濁ったどす黒い闇世界に住まわせる。彼だけに平穏な暮らしを与えはしない。必ずそれを壊してやると……
薄く灰色を帯びた空が驟雨の前触れのような肌寒い午後の日、十二歳になったレッドはロンドンの地に降り立った。この時、父の言っていたあの“少年”がここを訪れることは調べ済みだった。
「来たぞ」
男がそう告げた。彼に追跡させていたのである。レッドがチップを渡し、彼は鼠のように素早い動きでどこかへ消えた。
レッドは通行人を装った。完全に景色の中に溶け込む。不自然さは全く感じられないだろう――“普通の人間”の目には……
レッドは石畳を歩き出した。反対方向から来る人の中に……
見付けたよ
僕の――“分身”『ブラッド・クリザリング』
レッドは微笑した。左指で顎を摘み、右手を反対側の腰に回す。値踏みするような目で、“少年“を見詰めた。
「……」
「……!?」
それに気付いた“少年”の表情は蒼白した。それは決して見てはならないものを見てしまったかのように絶望的な色。
“少年”は背を向けて駆け出した。
逃げちゃった……
レッドは愉快気に笑みを零し、その後ろ姿を目で追うように眺めていた……
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