二人目の亡霊

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二人目の亡霊

 夜の内に手術の申請を本部に上げると、すぐ戻るように要請が来ていたようだった。  当たり前だ。  が、どう説得したのか分からないがすぐに許可が下りた。  必要な器具、薬品などは全て揃っている。  ここはさすがと言わざるを得ない。  敵襲が無いと情報が来た時を待って行おうと思う。  不安は、ある。  俺自身の技術と覚悟の問題と、あとはこれを知った砦兵達の反応だ。  ジンノ大佐は何か策があると言っていたが、絶対的司令塔が負傷しているとみんな知って不安にならないだろうか。  そう思うと罪悪感がある。  ジンノ大佐を治したい一方で、その間に兵士達が悪い空気にならないか。  人間は弱い。  心に少しの亀裂が入ればすぐに崩壊してしまう。  特にここは命に直結する場。  元々不安が無い、なんて事は無いのだから。  「マリア、今日はいつにも増して食欲ないな」  1個目のパンを少し千切ったまま、口に入れられない俺を見てヒロが言った。  「……うん、ちょっと、何かを食べられる気分じゃない」  ほとんど眠れなかった。  あと、筋肉痛。  「何かあった? まぁ、そんなか弱い所もマリアちゃんの可愛い所なんだけど」  ああ、今日はキラの気持ち悪い発言にも抵抗する気力が無い。  「とりあえず食えよ。食えばなんとなく元気でるから!」  そうだなタカヤ、お前は食ってればなんとなく幸せなんだろうな。  「はぁ……」  ジンノ大佐は自分でみんなに伝えると言っていた。  余計な事は言わないようにしよう。  ただ、経緯を説明する覚悟はできている。  何度も何度もシミュレーションした。  「おはよう」  いつもと同じようにジンノ大佐が食堂へ入ってきた。  いつものようにあちこちから〝おはよー〟〝朝メシ足りねー〟などと聞こえる。  足は痛んでいないだろうか。  昨夜はよく眠れただろうか。  昨日は鎮痛剤の処方とアイシングだけしかできていない。  「今日はミーティング前に話したい事がある。少しの間静かに聞いて欲しい」  心臓が飛び跳ねる。  「マリア、前へ来てくれ」  「はい」  あああ、ちょっと吐きそう。  緊張と筋肉痛で歩きがおぼつかない。  俺は言われるがまま、ジンノ大佐の横へ並んだ。  それを確認すると、ジンノ大佐は砦兵達に向き直って言った。  「見える亡霊がもう一人増えた。マリアだ」  ……は?  そのジンノ大佐の一言で、いきなり場が盛り上がりだした。  「おおおおおおおお!! マジか、マリアと一緒に戦場出られんのか!」  「そうかそうか、ちょっとそんな気がしてた! 大佐頑張り過ぎだもんな、良かった良かった!」  お?  あれ?  話が見えない?  「おおお!!! 俺、マリアちゃん超守る!! 絶対守るからな!」  他にもあちこちから喝采が上がる。  「あの、ジンノ大佐、何が起こっているのか全く分からないのですが……、手術の話は……」  小声でそう聞くと、砦兵達に顔を向けたまま返事を返してきた。  「これからする」  それはもちろんそうして欲しいけど。  その、さっき亡霊が増えるとか言ってなかった?  「静かに! まだ話があるから静かにしろ!」  それでもなかなか騒ぎは収まらず、俺はその間も一人取り残されていた。  「まずみんなに謝りたい。俺は足を負傷していながらみんなの指揮を執っていた。本当に申し訳なく思う」  ジンノ大佐がそう言うと、一気に場が静まった。  「症状は思っていたよりも良くないらしく、近日中に手術をする。それからしばらくマリアにも一緒に行動してもらう。監視対象が二人になる事、俺の行動が制限される事。この二点の負担を了承してほしい」  黙っていた兵士達が口々に発言してきた。  「大佐ー、水くせー事言うなよ! 大丈夫に決まってんだろー!」  「マリアちゃん、大丈夫だよ。俺たち絶対にマリアちゃんに攻撃が行くような事させないから!」  「マリアー、大佐を頼むな! 絶対二人に攻撃させないようにするから安心してなー」  「大佐に同じ亡霊仲間ができんのか、いいじゃん!」  「マリア、頼むな。ジンノ大佐もマリアも大事だから。俺達できる限りの事するから」  「……」  想像もしていなかった展開に理解が追いつかない。  「ジ、ジンノ大佐、ちょっと説明を……。」  「ああ、それは後でする。ミーティングが終わったら一緒に来い」  「……はい」  それからミーティングはいつも通り滞りなく進んだ。  「それで、どういう事なのでしょう?」  初めて通されたジンノ大佐の執務室。  落ち着いた雰囲気であまり物は無く、広い。  俺はソファに座らされ、目の前に紙とペンを置かれた。  「コーヒーしか無いが、いいか?」  ジンノ大佐はそう言うと、コーヒー豆を取り出した。  「いや、いえっ、そういう事は俺がっ!」  慌ててジンノ大佐に駆け寄ってから豆を奪い取る。  「コーヒーにこだわりでもあるのか?」  「そうではなく、ジンノ大佐にそんな事をさせるなんてっ」  一瞬ジンノ大佐は不思議そうに俺を見たが、納得したようにソファを指さして戻れと言った。  「一人でいるとこれが当然だったからな。飲みたくなったら飲みたい方が入れるようにしよう」  ああ、そういう事か。  一人でいるなら、全て一人でするしかない。  いつも側近がいる訳では無く、身の回り全てジンノ大佐が一人で……。  「俺、コーヒーくらいいつでも入れますから、仕事してください」  「まるで俺が仕事サボってるみたいだな言い方だな。はは、否定はしないが、とりあえず今日は俺にいれさせてくれ」  そう言ってコーヒーメーカーに電源を入れて、俺の向かいのソファに座って足を組む。  「いきなりで済まなかったな。一番砦兵達のモチベーションが上がる方法をとりたかったんだ」  「それが、二人目の見える亡霊ですか?」  「思いつきで言った訳じゃない。いつかタイミングを見て打診しようと思っていた事だ」  「あの、それがなぜ俺なのかがさっぱり分からないのですが」  「まず、お前の一番納得する理由。俺は手術をしたらしばらく身動きが不自由になる。それを監視するのはお前の役目だと言っていたな?」  「ええ、まぁ、確かに」  術後状態、思いがけない患部の悪化、それにはすぐにでも対処できるように極力ジンノ大佐から目が離せないのは確か。  「俺一人では限界があると感じている。体力的にもそうだし、俺にもしもの時があるなら後任が必要だ。だから、お前に頼みたい」 後任……。 ジンノ大佐の!?  「正気ですか!?」  「もちろんだ。お前が砦の軍医になる時、入隊してからの態度。人間性、洞察力、暗記力、どれも問題無い」  「そんな自覚はありませんけれど……」  「作戦内容を把握するのには少し時間が必要だろうが、マリアなら大丈夫だと思っている」  おいおい、いきなりすんげえ持ち上げてくるな。  「もちろん、演習にも参加してもらう。そして生活空間は俺と同じ砦内も含める」  「演習参加、ですか……」  「この三ヶ月、仲間との交流はきっと、みんなとの信頼を獲得するには充分に思えた。特にお前は真面目だからな。適当な判断で仲間を危険な目に晒す事は無いと信じている」  落としたコーヒーをカップに注ぎにに行き、それを持ってまた戻ってきて座る。  「俺が足を負傷したのは敵に隠すつもりはない。その為の医者の亡霊が増えたと、敵には認識してもらって構わないし、それも作戦に盛り込もうと思う」  「お、お言葉ですが、俺は、実地試験で軍医の適正が無いと判断されて普通の医者になった者です。一体何のお役に?」  「お前を誘った時、戦力として迎え入れる意思はないと書いたのは覚えているか?」  「ええ、覚えています。それは俺がここに来ようと思った理由の一つです」  「その約束を反故にするつもりは無い。ただ、俺の主治医として俺と共に行動する、それだけだ」  ジンノ大佐と行動したら、嫌でも戦場に行かなきゃならない気がするけど……。  「つまりだ、手術後に戦場に出る事はあっても、お前は堂々とそこに立ってればいい」  「それは……」  今までも演習、実践をモニター越しに見ていた。  誰も負傷しない作戦。  ジンノ大佐を囮として、そこを攻撃しようものなら見えない場所から一瞬で消されてしまう。  まるでイリュージョンのような攻撃方法。  今まで失敗を見た事が無い。  そう思うと、ジンノ大佐の言う事が正しいように思う。  でも、見える亡霊が一人増える事で砦兵達は少なくとも何らかのやりにくさを感じるのではないだろうか。  「あまり考えすぎるな。お前が思うほどあいつらは無能じゃない」  「いえ、それは思っていません。ただ、砦兵の負担が格段に増える事が心配です」  「それも問題無い。砦兵今の単調な攻撃方法に少し飽きてきた頃だろう」  「そうでしょうか……」  「ミーティングでみんなの反応を見ただろう。迷惑どころか大歓迎に見えたぞ」  それは否定しないけど、事の詳細を説明したらどうだろうか?  「今は考える事、不安な事、いろいろあるだろう。以前も言っただろう、頭で考えるよりも実践だ。今日の午後の演習からはお前も見える亡霊側で参加ししてもらおうと思う」  「あの、何度も聞きますが、本気ですか?」  「本気だ。モニター越しでも見ていただろう。心配は無い。もしかしたらフィーリングが不十分で多少の怪我は覚悟しておいた方がいいけどな」  あーー、なるほど。  ここ数ヶ月で確かにみんなの性格は大体判断できるようになった。  それを待ってこれを言うつもりだったんだろうな。  でも最期に不吉な事言ってなかった。  怪我を覚悟してた方がいいとなかなんとか。  俺、実戦の適正が無くて不合格もらった人間だぜ……。  「ここの執務室、自分用の部屋、どこでも自由に使っていい。ほとんど廃墟だがな。日常生活に必要なものは取り寄せられる。今すぐに思い出るものは紙に書いておけ」  「もし、砦兵の誰かが負傷した時には……」  「それはもちろんお前の仕事だ。地下の処置室はそのままお前の場所だ」  「そこは変わらないんですね」  少しほっとする。  「ここにいる時間が多くなるだろうが、基本は自由だ。強制する事は一切無い。演習ではちょっと慣れが必要だがな」  まぁ、そうだよな。  何もしなくて良いと言われても、ただボーッと立ってるだけじゃ意味が無い。  「それは、自分も武器をもって攻撃をする可能性があるという事でしょうか」  「もし必要があったら持つのか?」  「必要があるなら……、お、俺はやるしか無いと、思うのですが」  「そうか。一つだけ言っておくぞ」  「はい」  「俺は今の砦兵の誰一人失うつもりは無い。全員が全員大切な仲間だ。一人欠けるのも許さない」  それって、つまり。  今は犠牲者が誰も居ないとしても、俺が見える亡霊になる事で誰かを危険に晒すようなマネはするな、と、そういう意味だろうか。  「今の仲間は、俺にとっても大切な仲間です。仲間ができた事で、考え方も変わってきました」  そう、ある意味普通の生活を送れた。  人間関係のいざこざに悩まされる事なく、例えそれぞれに心に傷を持っているとしても本人が口に出さない限り詮索する事はしない。  それさえも信頼の証だと思っている。  そして、その生活に感謝している。  一人一人が深い傷を持っているか、その気持ちを分かっている人達なのだと思う。  「それさえ聞ければもう充分だ。もうタールとの争いも下火だ。最後まで全員で砦と大事な人を守る、その気持ちがあればいい」  「はい」  ジンノ大佐はあまり使っていないだろうクローゼットから白衣を出した。  「これを着て戦場に出ろ」  「白衣で? 動きが制限されそうですが」  「そこまで動き回る事は無い。俺は怪我人でお前はその担当医だと一目で分かる為。それと内部にいろいろな通信機や武器を隠しておけるからな」  「武器……」  一瞬寒気がする。  何度も何度もそんな光景が見てきたが、実際に自分の手で敵を倒すという経験は無い。  「怖くなったか?」  「え、いえ、ただ、その、自分がそのような場に出た事が無くて混乱している、みたいです」  「お前が武器を使う事は無いと思っていい。それより通信機の扱いに慣れておく方が必要だ。それと」  「まだあるのですか?」  「戦場経験が無いなら、はじめの内は戸惑いがあるだろうな。特にお前は」  「そう、なんですか」  「だから実践だ。今日は演習だからあまり気負わなくていい」  「……はい」
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