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初参加
午後の演習は13時からという名目だが、実際の所、もっと早く始まったり遅く始まったりする。
が、どの時間でも砦兵達は思い思いの場所で待機している。
初めての演習の日、開始されたのは数十分過ぎた後だった。
いつもの開始演習。ウォーミングアップのようなもの。
人が10人くらい隠れる程の大きな板を引きずってきて、その内側にジンノ大佐が隠れ、暗号指示だけで特定の場所に集中攻撃が始まる。
最期に残った場所にジンノ大佐がいる、というもの。
今日からはそれに俺が加わる。
ガラガラと板を引きずり、見えないように大佐は右から人一人置いた辺りの場所に立った。
「マリア、今日は俺の隣にいろ」
そう言われ、足を置く場所を細かく指定され、そこに立った。
「絶対に動くなよ。下手に動いたら死ぬからな」
「は、はい……」
緊張で声が裏返る。
ジンノ大佐はイーグルを取り出し、サラサラと指で撫でる、と、同時に少し先の板が大きな破裂音と共にぶっ飛んだ。
!!!!!!
心臓が止まるかと思った。
モニター越しに見ているのとは迫力が雲泥の差。
こんな集中攻撃を浴びたら、間違いなく即死だ……。
次に指示を出すと、俺の横1メートル程先、頭と同じ高さの場所が複数の銃撃音と共に吹っ飛んだ。
ひぃ!!!!!!!!!
こ、怖……。
足が震え始める。
このまま膝をついてしまいそうになる。
「動くな」
「は、はい……」
とは言っても震えは止まらず、3発目の指示は少し遠かったものの、恐ろしさで気が遠くなりそうだった。
4度目の指示。
1番右のジンノ大佐の真横だった。
十数センチズレたら、間違いなくジンノ大佐の頭が吹っ飛ぶ。
周りに散らばる木屑。
当の本人であるジンノ大佐はベンチで本でも読むかのようにイーグルを操作している。
正気の人間じゃあねぇ……。
と、思っていると、俺のすぐ横の板が大音量の銃撃音で破壊された。
「ひぁっ……」
その音と恐怖とで、俺はその場で腰が抜けてしまった。
それを見たジンノ大佐は少し苦笑いをして、板を脇へと片付けてしまった。
そこに残る腰を抜かして青い顔をした俺。
立ち上がろうとしても、力が入らない。
「立てるか?」
「立つ、努力は、しています……」
そんな俺を見て、ジンノ大佐は笑った。
「パニックになって逃げ出さなかった所だけは評価する」
「ど、どうも……」
というか、逃げ出したら、下手したら俺流れ弾で死んでただろ!
「今日は初日だ。雰囲気でも分かればそれでいい」
「は、い……」
雰囲気っていうか、何て言うか。
演習でさえいつ死でもおかしくないっていうのが分かったよ……。
「そうだ、武器を持って戦力になるとか言ってたな」
「言っていたような、言っていないような……」
言ってたけど。
「あの木にある的が見えるか」
指さされた方を見てみるが、全くどこの事を言っているのか分からない。
「約100メートル、という所か」
100メートル!?
そんな先のもの見えねぇよ!
ジンノ大佐は手に持っていたライフルをその的があるらしい木の方向に向けると、狙いを定める時間などほとんど無く発砲した。
と、同時にあちこちから発砲の音。
そして遠くからやっと見えている木にある、恐らく的になっていた黄色の板がバラバラになって落ちていくのだけが見えた。
「戦力と言えるのはこのレベルからだ」
「マ、マジすか……」
何度も何度もモニターで演習を見ていたけど、こんな次元の違うスキルまで考えた事が無かった。
もうね、戦力外とかそういうレベルの話じゃない。
「お前、銃を持ってきているだろう」
「一応、ですが……」
「今は必要無い。俺に預けろ。焦って無駄撃ちされても困る」
そ、そうですね。
よく分かりました。
白衣から持ってきたハンドガンをジンノ大佐に渡した。
「それは説明していたはずだろう」
「すみません……」
「謝る事じゃない。その気持ちは嬉しい。が。お前に求めているのはそこじゃない。お前にはお前しかできない事がある。俺にも、みんなにも、それぞれ当人にしかできない役割がある」
そう言いながら、俺の腕を掴んで立ち上がらせた。
「だから俺はマリアを選んだんだ」
「その、役割……、俺にできるのでしょうか……」
「できるからお願いしているんだ。俺は囮となる事、お前は一緒に俺を監視しながら囮になり指示を出す側の人間だ」
「一気に自信がなくなってきました……」
「はは、違うだろう。今のはお前が自信を無くす所じゃない。潜んでいる狙撃兵の腕がどれだけ信頼できるのか、それを知って欲しかった」
ジンノ大佐は笑いながら言った。
「人間離れしてると、思います……」
「そうだ、驚くほどに腕がいい。それに俺よりももっと先を読んで動いてくれている」
「そうなんですね……」
「ああ、だから、信じろ」
「……はい」
「そうだ、あと、一つだけ耐えて欲しい事がある」
「な、何でしょう?」
ジンノ大佐は俺を立たせると、コートからリンゴを取り出した。
それを手のひらに乗せて、俺と大佐の顔の間に静止させた。
「動くなよ」
そう言って、もう片方の手で先ほど俺から渡されたハンドガンを空に向けて撃った。
と、同時に目の前のリンゴがパンッ!!と爆発した。
「うわっ!!」
顔に破裂したリンゴの破片が激しい勢いで飛び散ってくる。
驚いて尻餅をついてしまう。
顔を触ると、砕けたリンゴがベタベタと肌にはりついていた。
何だコレ……。
ジンノ大佐を見ると、同じようにリンゴの破片を被っているが、何も無かったように立っていた。
少し頭を振って欠片を落とすと、俺に手を差し出した。
「お前の反応は新鮮で面白いな」
新鮮……!?
いやこっちが普通だろ!
俺はジンノ大佐の手を借りて立ち上がった。
「あの、もしかして、今のはドッキリ的な何かなんでしょうか……」
そう言うと、ジンノ大佐は吹き出した。
「違うぞ。これも訓練の一つだ」
「何の訓練でしょう……? 今までの演習では見た事が無い」
「いや、何度もやっているぞ」
そう言って、ジンノ大佐はまたコートからリンゴを出すと、上に高く放り投げた。
そして銃の音を合図にリンゴが破裂する。
「あっ……」
見た事ある、と思った時にまた破裂したリンゴの雨が降ってきた。
「うわ、わっ」
バチバチと音を立ててぶつかってくる破片。
手で顔を覆って防ぐが、当たるとかなり痛い。
同じようにリンゴの雨に打たれているジンノ大佐は片手にハンドガンを持ち、片手をコートのポケットに入れ、何事もなかったように立っていた。
……マジかよ。
「演習の時だけじゃないぞ。実戦でも似たような事がある」
「リンゴの欠片が降ってくるって事ですか?」
「いや違う。降ってくるのは人間の欠片だ」
人間の……。
想像してゾッとした。
もし、目の前で人が撃たれて肉片になったとしたら……。
「……」
正気で居られるだろうか。
「そこまで近づかれる事は滅多に無いがな。人間の臓物は医者のお前の方が慣れてるんじゃないのか」
「み、見るのは慣れてますけど……」
臓物浴びるなんて普通無いからな!?
「俺達は囮だ」
「?」
「目の前で敵が撃たれて慌てているようでは囮にならない。例え敵の集団に入っても、ただ歩いているだけで砦兵達は俺の周りの敵を全滅させるだろう。遠くからでも近くからでも俺に狙いを定める敵がいれば容赦なく倒していくだろう」
そう言うジンノ大佐の横顔は誇りに満ちているように思った。
「その為に俺達は囮として優秀でなければならないんだ」
……。
近づけば殺される。
狙いをつければ殺される。
臓物を浴びても近づいてくる。
なるほど、敵にとっては確かに亡霊に見えるだろうな……。
そして、これからは足に怪我をした亡霊に、医者の亡霊も付いてまわるって感じか。
……。
…………。
敵に同情するな。
ってか、怖ぇよ!!!
「囮は怖いか?」
「……怖いです」
正直にそう言うと、満足そうにジンノ大佐は頷いた。
そして、手を上げて休憩の合図をした。
休憩に入り、俺は処置室で顔を洗った。
リンゴの果汁でベタベタだ。
白衣は、着替えてもいいだろうが、もしまた同じ実習になるのであれば二度手間になる。
どうしようか……。
タオルで顔を拭いていると。
砦兵達がバタバタと走り込んできた。
「どうしたんだ? 怪我人が……、うぐっ!!」
言いかけた俺に体当たりのような勢いでキラが抱きついてきた。
「マリアちゃん! 怖かったでしょ!? 大丈夫だった?」
タカヤもヒロも、他の砦兵達も同じように群がってきた。
「やっぱりビビるよな!? な!? でも俺達の腕信じてくれていいからな!」
必死でそう訴えてくるタカヤ。
「最初は怖いだろうけど、俺達絶対マリアに攻撃当てないようにするから、安心してね」
みんなから、大丈夫だから、守るから、と口々に言ってきた。
「お、おう……」
俺はどこかのお姫様かよ。
そうだ、つい先ほどの演習、あの板を正確にぶち抜いていたのも、ジンノ大佐と俺の間にあったリンゴを正確に破壊したのも、砦兵達なんだ。
モニター越しで見ていたのと、実際に体験したのとのギャップで衝撃を受けていたけど、砦に潜んでいるみんな精密機械のように狙撃したものなんだ。
それを、俺はあんな腰抜けな醜態を晒して。
どんだけヘタレなんだ、俺。
「ごめん」
「え、なんで謝るの? そりゃあさ、至近距離でいろんなもの爆発したら怖いよ」
ヒロが俺の肩にゴリゴリと拳をねじ込んできた。
「いや痛い痛い」
ジンノ大佐は信じろと、信頼しろと言っていた。
それがどういう事だったのか分かった気がした。
思い返してみろ、ジンノ大佐が怪我して処置室に来た事なんて無かったじゃないか。
「マリアちゃんの顔に傷なんてつけないからね」
「そうだぞ、怪我させたら俺の夜メシちょっと分けてやるからな」
相変わらず馬鹿だな、コイツらは。
「大丈夫。ありがとう」
そう言うと、安心したようにみんな拳でゴリゴリしてきた。
「痛たたた」
よく分かった。
みんなを信じれば、何も驚くことなんて無い。
そりゃあびっくりはするけれど、いずれ俺からも指示を出すようになるらしいし。
俺のやるべき事は、みんなの腕を信頼し、それを正確に誘導できるようにならないければならない。
一朝一夕でできるものでは無いのは分かっている。
でも、みんなが俺を守ると約束してくれるなら、それに答えなければならない。
俺はここに来てそれほど長くない。
それでも最初から100%信じていると言ってくれていたのを覚えている。
ジンノ大佐が推薦したのが大きな理由だろうが、ジンノ大佐の信頼に答える事はみんなの期待に応える事でもある。
「それにしてもみんな凄いな」
「当たり前だぜ! みんな大佐の引き抜きだからな!」
嬉しそうにはしゃぐタカヤを抑えながらヒロが言う。
「まぁ、アレだよ。他の部隊でははみ出し者の集まりって所だけどね。ここにいるとそんなの関係なく仲間って感じだね」
「俺もだな。なぜ引き抜かれるのか分からなかったけど、実は俺って狙撃の腕が神がかってたって分かった」
なんだキラのそのドヤ顔は。
「メシも食い放題だしな」
お前の頭の中は食い物しか無いのか。
初日、ジンノ大佐からの誘いで来たというだけで歓迎されていたのはそのせいか。
俺もその一人だと自惚れていいのだろうか。
「休憩終わったらまた実習始まるけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
こんなに心強い味方がいて、何を怖がる事があるだろう。
……いや、まぁ、やっぱり怖いんだけどさ。
休憩後。
また大きな板に隠れてジンノ大佐と俺は実習始めの儀式のような見えない狙撃を始める。
最初にビクビクしていた恐怖心はだいぶ薄れていた。
ジンノ大佐がイーグルを操作して、狙撃が始まる。
俺は目を閉じて、両側から聞こえる爆音に耐えながらも、腰を抜かすこと無く最期まで不動で立っていた。
「少し肝が据わったな」
「はい、今更ですが、一人じゃ無いって分かった気がして」
「囮の恐怖も克服したのか」
「いえ、それは、……まだ時間がかかるとは思いますが、俺は俺にできる事……、みんなを信じる事が第一歩なのだと分かったので」
「恐怖は無理して消さなくていい。どれだけ強くなろうが恐怖は大事な感情だ」
「……それは、いつか俺にも分かるようになりますか?」
「お前はもう、分かっているさ」
「……そうでしょうか」
「ああ、恐怖と一言で言ってもいろいろあるが、俺も恐怖は未だ克服できていないし、その気持ちは忘れてはならないと思っている」
「……」
恐怖、か。
俺にとっての恐怖は、……この実習だけでなく、きっとたくさんある。
どれについての恐怖を言われているのか分からないけど、どれも大事なものなのかもしれない。
ジンノ大佐が持っているという恐怖も、見えないだけで深い所にずっとあるものなんだろう。
いつか聞く事ができるだろうか。
その後の実習は滞りなく終わった。
とは言っても、途中から俺は見学。
恐怖、ではなく体力的な問題だった。
……情けない。
明日からは筋トレしよう。
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