食後のひと時

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食後のひと時

 夜。  俺は初めて地下以外、ジンノ大佐の執務室で食事をした。  これからは砦の中で堂々と生活ができる。  いつも聞こえる砦兵達の騒音が聞こえなくなって、嬉しいような寂しいような。  「俺に付き合う必要は無いぞ。地下でみんなと過ごしても構わない」  「いえ、自分はジンノ大佐の監視も兼ねていますから」  気持ちが顔に出ていたのだろうか、ジンノ大佐にみんなと過ごしていた時のことを思い出しているのを言い当てられてしまった。  「もうお前が心配するような事はしないから安心しろ」  ああ、あのパイプの事か。  それと、熱が出ても放置している事とか、痛くても我慢してしまう事とか。  ……結構ある。  問題無く食事を摂っている所を見ると、体調は悪くないのだと思う。  思う、けど……。  「あの、ここの兵士達は凄い食べるなと思っていたのですが、ジンノ大佐もかなり食べますね……」  「そうか? まぁ、体力勝負だからな」  うん、それは分かるんだけどさ。  地下から上がってきたコンテナにあった食事の量を見て、宴会でも始めるのかと思ったよ。  「お前はもっと食え」  大皿に乗ったマッシュポテトの肉巻きを俺に差し出した。  「あ、もう俺は腹いっぱいなんで」  「俺の前だからって遠慮は無しだぞ」  「いえ全く、遠慮はしてないし、もう入りません。どうぞ食べてください」  「そうか」  そう言って、拳ほどある肉巻きを切り分けると、3口で食べてしまった。  なんなんだここの人達は。  フードファイターも兼ねてるのかよ。  「ここの食事はかなり待遇がいいですね。研修キャンプではこんなに豪華な料理は出てきませんでした」  「そうだな、ここの経費の四分の一は食費だ。他では無いだろう」  「四分の一!?」  「各砦にほぼ同額の予算はあるが、ここは兵士の入れ替えがほとんど無いし人数も少ない。武器の消費も少ない、軍医も一人、医療費もわずかだ。余る予算は兵士達の希望で決めてある」  「それが、食費だった、と」  「そうだ、それとレクリエーションで使う雑費がほとんどだな」  「なるほど」  いつも遊んでいたプレイルームでのスポーツ用品、ゲームがその類か。  「その方が砦兵達のモチベーションも上がるし、パフォーマンスも良くなる」  「確かにそうですね」  ここの自由な風潮はそういう事だったのか。  使い捨てにされる兵士達のエンゲル係数じゃないよな。  好きなだけ食って、好きなだけ遊んで、しっかり兵役もして。  ストレスの少ない生活は心身共に健康でいられる。  そういう配慮だったんだな。  「とても、砦兵達の事を大切にしてるんですね」  「当然だ。全員かけがえのない大事な兵士達だからな。一人も欠けさせるつもりは無い」  ジンノ大佐が好かれている理由が分かった気がする。  強い感情の高ぶりとは違う、穏やかな絆が育まれている。  食事が終わると、ジンノ大佐は机から何かを取り出し窓辺を開け腰掛けた。  取り出してきたいたのはタバコ。  火を点けて吸い始めた。  「ほら」  そう言って、俺の前にタバコを投げてきた。  「え、いいんですか?」  「今日からは自由だ。好きに吸え」  タバコの煙をゆっくり吐き出しながら、ジンノ大佐は外の暗闇を見つめていた。  「そんな無警戒にしていて大丈夫なんですか?」  「むしろこの位の方がいい」  どういう事だろう。  目立つ行為をして敵をおびき寄せるとか。  そうすると、俺も窓辺に行った方がいいのか?  立ち上がり、窓辺に行く。  タバコに火を点けて吸い込むと、頭がふらついた。  「久しぶりに吸うとクラクラしますね」  「だろうな」  「そう言えば、兵士達はタバコはダメでもアルコールはいいんですか?」  「アルコールも禁止だ」  「歓迎会の時は飲んでいましたが」  「あれはアルコールは入っていない」  「そうだったんですか!?」  飲んでないから分からなかった。  ていうか、タカヤは若者のアルコール離れがどうのこうの言っていたような。  そもそも未成年だけどな。  「俺達もアルコールは禁止だ。判断が鈍るからな」  「確かに」  巷では禁煙が進んでアルコールに関しては規制は無い。  ここでは逆なんだな。  外は執務室の明かりで照らされている場所以外は全部闇だ。  ずっとこの風景をジンノ大佐は一人で過ごしていたのか。  「寂しいと思った事はありませんか」  「ここに来てからは無いな」  「ここに来てからですか? 逆ではなくて?」  「誰かと過ごしていれば寂しくないとは限らないし、一人でいても孤独を感じるとは限らないからな」  「そうですね」  そうだな。  砦の地下でみんなと過ごしている時はそれが楽しかったけど、昔いた医局では数百人いても寂しさや孤独は常につきまとってきた。  しばらく無言で静かな時間を過ごす。  会話が無くても、うまく言えない充足感のようなものがあった。  「少し仕事をする。お前は自由に過ごしてくれ」  ジンノ大佐はそう言って、自身のデスクに座る。  「分かりました。その前にアイスパック取り替えますね」  演習が終わってすぐ、ジンノ大佐の右足にアイスパックを当てて冷やしていた。  もう氷も溶けているだろう。  変わりのアイスパックを用意して包帯を外し、取り替える。  演習が終わった時は少し腫れていたが、だいぶ引いてきた。  「悪いな」  「いえ。これが俺の仕事ですから」  引きつった手術痕。  急いでいたのだろうが、もう少し丁寧にできなかったものか。  傷口はふさがっているはずなのに痛々しい。  「手術、いつにします?」  「そうだな……」  ジンノ大佐はPCを立ち上げ、しばらく操作をする。  恐らくいろいろな情報が集まってきているのだろう。  「明日、はマズい。明後日はどうだ?」  「俺はいつでも準備できます」  「では明後日だ。時間は午前中でいいか?」  「はい、分かりました。10時でいいでしょうか。午前中に終わると思います」   「ああ、頼む」  手術は明後日午前10時。  ミーティングが終わる時間。  それからしばらくは松葉杖での生活になる。
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