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手術
ジンノ大佐の手術の日となった。
手術自体は大きなものじゃない。
でも、緊張して朝から吐きそうだ。
俺がこんなんじゃ、ジンノ大佐はもっと不安になってしまう。
しっかりしないと。
ミーティングはいつも通りに行われ、その後ジンノ大佐と共に処置室へと向かう。
その後を砦兵達がぞろぞろと付いてきた。
「何でみんな付いて来るんだよ……」
「いや、だって、なあ」
「大佐が手術するなら見届けたいじゃん」
「ドラマでも手術室の前で祈りながら待ってたりするだろ」
その様子を見て、呆れたようにジンノ大佐が言う。
「馬鹿かお前ら。俺は生死を彷徨っている訳じゃ無いぞ」
「分かってるけどさ、落ち着かなくてよ」
「俺、立ち会ってもいいかな」
「止めろよ、感染症でも起こしたら洒落にならない」
これ以上心配事を増やさないでくれ。
「気持ちは嬉しいが、何一つ心配になる要素が無い。マリアの邪魔はするな。敵は来ないから自由に過ごしていろ」
ジンノ大佐のその言葉で、みんなやっと戻っていった。
その純粋な信頼がさらに俺にプレッシャーをかけてくる……。
手術台に横になるジンノ大佐を前に手が震える。
「どうした」
「いえ、……患部を消毒しますね」
「ああ」
そう言いながら、自分の腕を枕の下に入れて目を閉じる。
余りに無防備な姿に、俺の方が萎縮してしまう。
「局部麻酔の注射をします。気分が悪くなるような時は教えてください」
「分かった」
スヤスヤと寝息を立てそうな顔で言う。
「……あの、痛いですよ」
「ああ」
「痛いの、大丈夫ですか……?」
そう言うと、ジンノ大佐は笑い出した。
「あのな、俺もちゃんと緊張してるから、早く始めてくれ」
「あっ! はい、すみません」
いや絶対緊張してないだろうな……。
俺の不安が分かってて、そう言ってくれてるんだろう。
本当にヘタレだ、俺。
……頑張ろう。
「午後の演習は出られるか?」
「え、誰がですか?」
「俺だ」
手術中、ジンノ大佐が声をかけてきた。
「今日くらいは休んでください」
「そうか、じゃあ、今日の指揮はマリアだな」
「えっ!?」
驚いて、手元が狂いそうになる。
危ない危ない。
「びっくりするんでそういう冗談止めてください」
「冗談じゃないぞ。いずれお前にも指揮をとってもらうと言っていただろ」
「い、いきなりすぎやしませんか? 一人で、武器も扱えませんし」
「武器が無くても、クロウと他の信号で何とかなるぞ。イーグルの使い方も教えないとな」
「そんな、せめて覚えてから指示できるか判断してください」
「発信だけならその必要は無い。クロウよりも簡単だ。今日の暗号は覚えているか」
「一応、覚えてはいますけども……」
「じゃあ決まりだな」
嫌な汗がにじむ。
「も、もし、間違えたら……」
「最悪お前が撃たれる」
ひぃぃ……。
「実弾、使うんですか?」
「演習で使っているのは演習弾だ。1㎞は飛ばせる」
死ぬ。
演習弾で俺死ぬ。
「お、俺、ジンノ大佐の手術を人生最後の仕事にしたくありませんので、今日は……」
「俺も今日限りでお前がいなくなるのは困るし、砦兵達に仲間殺しをさせたくない。昼飯の間に操作を覚えろ」
「……はい」
拒否権無い感じなんすね。
泣きそうです。
俺に覆い被さってくるプレッシャーは目の前の手術から午後の演習へと移った。
手術後、足首は足の指が動かせるように固定し、松葉杖と鎮痛剤をジンノ大佐へと渡した。
「顔色が悪いぞ。無事に終わったんじゃ無いのか」
「……ええ、無事に、手術は……」
「どれくらいで歩けるようになる?」
「順調にいけば、2、3週間で足を付けるようになると思います。歩くのはその後リハビリしていきましょう」
「そうか。ありがとう」
「いえ、そんな」
そんな事より、俺は午後の事を考えると吐きそうなんだが。
「長い間、辛くなかったと言えば嘘だ。これで解放されるのか。感謝する、ありがとう」
「ど、ういたしまして……」
そうだ、ジンノ大佐は何年も足の痛みと闘ってきたんだ。
その言葉に嘘は無い。
何だろう。
忘れていたものを思い出す。
苦しんでいた患者に治療をして、治って感謝される。
元はといえば、俺が何よりも目指していたものだ。
「感謝するのは、俺の方です」
たかだか駆け出しの医者だった俺の、医者としての自信と希望がそこに見えた気がしたから。
「まだ昼飯までは時間があるな。今から端末の操作を教えよう」
「ちょ、待ってください。急ぎすぎです。ちゃんと教えてもらいますから、しばらく休んでください。今は麻酔が効いているだけで、切れたら痛みが出てきます」
「その為の鎮痛剤じゃないのか」
「それはそうですけど」
この人はいくつかネジがぶっ飛んでるのか。
それともマグロみたいにいつも動いてないと死んでしまうのか。
「せめて鎮痛剤が効いてきた頃に教えてもらいますから、今は横になっていてください」
「昼飯は持ってきてくれるのか」
「はい、時間になればお持ちますから、とにかく横になって何も考えずに寝ておいてください」
何だろう。
俺の考える常識がおかしいのか。
手術の後は多少なりともショック状態になる患者がほとんど。
それが微塵も感じられない。
これが長い間戦場で戦っていた人って事なのか……。
処置室に一人降りてきた所に、いつもの小隊を組んでいる砦兵がいた。
まぁ、予想はしていたけど……。
タカヤが駆け寄ってくる。
「手術どうだった?」
「成功した」
俺のデスクに我が物顔で座るヒロが言う。
「そっか、お疲れ!」
青ざめた顔をしている俺にキラが心配そうに話しかける。
「その割に浮かない顔してるけど、どうしたの?」
言って良いものか。
今日の指揮は戦場に関しては赤子同然の俺が執ると。
言葉に詰まっていると、タカヤが俺の袖を引っ張ってきた。
「ジンノ大佐は?」
「会えない事は無いけど、今は休んでいるから遠慮して欲しい」
「そっか。マリアがそう言うならそうするよ」
キラが机の上に置いてあるチェス盤を指さして言う。
「そうそう、今チェスやっててさー、誰も俺に勝てる奴いねぇの。対等にできるのマリアちゃんだけなんだけど相手してくれない?」
今朝あれだけ心配していてチェスやってたのか。
ここの人達の気持ちの切り替えって尊敬するよ。
「すまない、ちょっとだけ事後処理があるから、今日はみんなで遊んでてくれ」
「ちぇっ、タカヤなんて覚え立ての子供並みだならなぁ。もっと駆け引きができればいいんだけど」
「何だと!? 俺は実力を隠しているだけだ。まだこれから第三形態まで進化する。お前のスカウターは破壊されるぞ」
「そりゃあ楽しみだ。早い所進化してみろよ」
いつもの喧嘩もどきが始まりそうになるところで、ヒロがパンッと手を打つ。
「はいはい。みんなは待つしかないのは分かっただろう? 大人しく戻りましょー」
「はーい」
ヒロのおかげで取りあえず丸く収まった。
そして俺はみんなを見送ってから、胃薬を飲んだ。
なんかもう、起こることが目まぐるしくて。
筋トレしようと思っていたけど、そんな時間は来るんだろうか。
「はぁ……」
念のために遺書でも書いておこうかな……。
昼。
大量の食事を持ってジンノ大佐の元へ行った。
「足りますか?」
「充分だ。お前は食ったのか?」
「ええ、一応」
スープと胃薬。
これが昼食と言えるなら。
「食べながらで申し訳ないが、イーグルの説明をする」
いつもと変わらずモリモリと食べ始めるジンノ大佐。
俺はプレッシャーで吐きそうなんですが。
「大丈夫だ。指示を間違えなければ死ぬことは無い。死にたくなければ間違えるなよ」
さらっと怖い事言ってくれますよね。
俺がビビりだって知ってますよね。
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