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初心者の演習指揮
発信器の操作は確かに単純だった。
クロウを使うと受信側は暗号解読が必要になるが、イーグルではそのままの作戦番号を入力。
事前に変換して登録しているようだった。
毎回出てくる数字配列をランダムする事もできるらしいが、今回は遠慮させてもらった。
いきなりそれはハードル高ぇよ。
今日俺がやることは、イーグルで砦兵達が正確に暗号を解読しているのかの確認。
また、標的となる的を投げて、合図と共にそれを打ち落とす、というだけのもの。
合図は本物のピストルではなく、スターターピストルでいいと言われた。
運動会などのスタートで撃つ火薬を使った音だけの合図。
正確に暗号を解読しているかの確認とは、以前やっていた大きな板の内側に指示者が隠れて、暗号で出された標的だけを撃ち抜くもの。
前回腰を抜かしたやつだ。
「とりあえず今日はここまででいい」
「はい」
「指示は間違えるなよ。死ぬからな」
「……はい」
渡されたのはいつもジンノ大佐が持っていたイーグルと、カラーボールだった。
「これは」
「これが今回の標的だ。中身は色つきの水、洗濯すれば落ちる染料だ」
「これを投げて、ピストルで撃つ合図をするって事ですね」
「そうだ。思っていたより簡単だろう」
「そんな気がします」
気がするけど、実際の所はどうなのか。
「砦兵達には特に知らせなくてい。俺の指示の出し方にも癖はあるだろうから、時には事前情報無しでの状況にも慣れてもらわないとな」
「そ、そうですね」
それを命がかかっている俺にぶつけてくるの、怖いんですが。
「それと、暗号確認で使う板は立ち位置が分かりにくいなら事前に目印を付けておくといい。スナイパーから見て左頭部分から1~10、11から心臓、21から腹部、31から足だ」
「それは、モニターから見ていてなんとなく分かりました」
「うまく自分以外の場所に分散させて、暗号が把握できてるか判断してくれ」
今までの演習を見る限り、暗号は全員理解できているように思う。
正直、馬鹿のタカヤ辺りも分かってるってのが不思議でもあるが。
「それと、これを渡しておく」
いつ取りに行ったのか分からないが、ヘッドセットを二つ持ってきた。
「ヘッドセット型のレシーバーだ。できるだけ口は出さないつもりだが、お前自身への指示が必要だと判断すればこれで通信を取る」
「助かります」
ほっとする。
いきなり演習に放り出される絶望感から解放された気がした。
完全に一人では無いという心強さに救われる。
「ただし、必要な部分だけだ。基本はお前の判断で行動しろ」
「はい」
そしてすぐに、演習用の板に人の形を書き込み、そこの番号を書き込み、それを見ながら指示をだせるように事前準備を行った。
先延ばし、というものに少なからず抵抗がある。
かといって、早く開始するのも迷惑になる。
よって、時間通りに俺は太鼓のように鳴る心臓を落ち着かせながら、演習用の板を引きずってきた。
ジンノ大佐のみんなを信頼しろ、という言葉。
そして、信用してほしいという砦兵達の言葉。
それは微塵も疑ってない。
疑うべきは自分の度量。
情けないけど、一番憂鬱の原因はここだ。
この板撃ち演習は暗号を正確に全員が把握しているかどうか。
今日、俺が立っているのはちょうど五番目。
作戦の暗号で言ったら、5、15、25、35を発信すれば俺に弾が飛んでくる。
最初のウォーミングアップではあるけれど、大きな音、爆発、苦手なものばかりだ。
まず始めの指示に1を出す。
するとほぼ同時に1番目の板の頭部分が吹っ飛ぶ。
「……」
鼓動が跳ね上がった胸を押さえる。
だからさ、俺、ビビりなんだよ……。
お化け屋敷も怖くて入れないし、突然の大声とか突然の大きな音が怖いんだって。
「はぁ、はぁ……」
ここは、暗号が知れ渡っている基準になる。
さて、次の暗号は30。最初の位置とは逆の一番遠いところの腹部。
当然の様に弾が打ち込まれ、破壊される。
「マリア、行動が遅い」
早速ジンノ大佐から通信が来た。
「わ、分かってるつもりです。しかし、いきなり番号をランダムで選ぶのは多少の時間が欲しいです」
「それは今は構わない。実戦においては一瞬の判断で味方を皆殺しにする可能性がある事も念頭に置いておけ」
「……はい」
ふふふ……。
やっぱり怖いんですけど!
安全そうな所から続けて指示を出す。
32。
19。
39。
指示通りの場所弾が爆音と共に撃ち抜かれる。
「はぁ…、はぁ…」
怖ぇ……。
息切れが止まらねぇ……。
「マリア、それじゃお前がどこにいるか丸わかりだぞ」
「え、は、はい」
ああそうか。
そういうのも考えなきゃならんのか。
よ、よし。
27。
33。
6。
指示通り、また板が爆発。
最期の6が俺の頭のすぐ隣で思わず声が出る。
「ひぁあ”ッ!」
膝が……。
膝が震える……。
悲鳴が漏れる。
も、もう、これはいいんじゃないかな?
だいたいどこにいるかも、みんな分かったんじゃ無い?
今すぐ逃げ出してぇ……。
「最期に24の指示だけ出せ。それで板は移動させていい」
「はい……」
24。
指示すると、脇腹のすぐ横に板がバンッ!! と爆音と共に吹っ飛んだ。
「ぃひぃっ……!」
ずっと響いてくる板からの振動と、足の震えでその場にしゃがみこんでしまう。
立って板を移動しないと。
移動しないとならないのに、腰が抜けて……。
ま、またこんなのか、俺……。
「……ちょ、ちょっと、だけ、休憩を……」
そうジンノ大佐に懇願してみた。
が、無音。
無音どころか通信を切っている。
もしかして、怒ってる……?
いや、呆れて言葉も出ない……?
血の気が引く。
ジンノ大佐をがっかりさせてしまう。
あまりに俺が腰抜けなせいで……。
それは、嫌だ!!
前回、みんなを信じると言ったはず。
それでみんなに命を預けられると確信したはずなのに。
ガクガクと震える足で板を脇へ引きずった。
足に力が入らず、引きずる板もガクガクと震える。
しっかりしろ!
自分の役目を果たせ。
怖いのは、自分の判断に自信が無いせいだ。
指示さえしっかりしていれば、俺は誰よりも安全な位置にいるのだから。
ようやく板を脇に引きずり終わり。
次はカラーボールを投げて、ピストルの音で指示を出すんだったな。
ポケットからボールとピストルを出す。
数種類の色があるが、今回は色の指示は無し。
ただ、投げてそれを合図で撃ってもらうだけだ。
ボールを投げて、ピストルの引き金を引く。
それだけなら俺にでもできるはずだ。
ヘッドセットに雑音が入り、通信が再開したのが分かった。
「ボール、投げます」
「……やってくれ」
ジンノ大佐の声が低い。
すみません。
本当に俺、こんなんで。
でも、絶対成長しますから。
お願いします、失望しないでください。
板の後ろに隠れたまま、俺は手に持ったカラーボールを思い切り投げた。
そして……。
ボールは2mほど先にベシャっと音を立てて落ち、コロコロと転がっていった。
……!!
まさか、そんな……!
思いっきり投げたはずなのに!
「はぁ……、はぁ……」
そうか。
運動音痴には遠投も難易度が高いんだ……。
どうしよう……。
冷や汗がダラダラと流れる。
本当に俺、無能だ。
「早く合図を撃て。指示を出せ」
「はっ……」
ジンノ大佐の声で我に返る。
こんな状況でもピストル撃つのか。
俺は力無くピストルの引き金を引き、振動と共に破裂音が響く。
そして、転がっていたカラーボールにどこかからか一発。
それを合図のように、あちこちから弾が飛んできて色水が辺りに跳ねる。
「……」
みんな、ごめん。
こんな事やらせるつもりじゃなかったのに。
それに。
「ジンノ大佐、も、申し訳ありません……」
「…………」
せめて、返事をください。
「少し、時間を、くれないか」
ためらいがちにそんな返事が来て、通信が一度切られた。
「……すみません」
ここ来たみんな、ジンノ大佐が腕を認めて引き抜いて、そしてさらに才能を開花させたような人達だ。
元々俺はそういう役目じゃない。
それは分かっていたけれど。
これじゃあ、酷すぎる。
みんなにも、ジンノ大佐にも顔向けできない。
ジンノ大佐からの通信に少し雑音が入り、繋がったのが分かった。
「お前の投球フォームはめちゃくちゃすぎる。アンダーでやってみろ」
「アンダー、ですか?」
アンダーって何だ?
「アンダースローだ。下から上に手を振りあげるフォームでボールを投げてみろ」
「はい、やってみます」
そうか、いいアドバイスが無いか考えてくれていたのか。
本当に申し訳ない。
下から投げれば、俺みたいに非力でも飛距離は伸ばせる。
確かにその方がいい。
ポケットからカラーボールを出し、それを下から上へ思い切り投げた。
どこでボールを手放したらいいかタイミングがつかめず、それは俺の真上に飛んでいった。
この位置では水を被るだろう。
でも、そんなのは覚悟の上で、ピストルの引き金に手をかけた。
「撃つな! マリア撃つな!」
「えっ」
ジンノ大佐の声と共に、カラーボールは俺の目の前に落ちてきた。
「お前、そのタイミングで撃ったら死ぬぞ! 遅すぎる!」
意味が分かってサーッと血の気が引いた。
真上に上がったボールは、合図が遅くなれば俺と重なって、俺ごと撃たれる。
板に隠れていれば余計、ボールのある位置を予測して撃ってくる。
俺がそこにいるかどうか、いや、きっと避けていると信じて。
「す、すみませ……」
「休憩だ。指示を出せ」
「あ、俺、が不甲斐ないせいで……」
「足が痛む。来てくれ」
「え、すぐに行きます!」
足、鎮痛剤が切れたせいだろうか。
それとも、何か施術内容か縫合に問題があったのだろうか。
ジンノ大佐が自分から痛いと言うなんて。
あらかじめ教えてもらっていた休憩の指示番号を出し、俺はすぐに処置室へ向かった。
処置室へ駆け込むと、ベッドでうつぶせになってうずくまるジンノ大佐が目に入った。
「ジンノ大佐!」
「すぐ痛み止め打ちます。包帯外します、足を出してください!」
駆け寄ると、その腕をジンノ大佐に捕まれる。
「大丈夫ですか? 症状を教えてください!」
「いや、いい。いい、ん、んぶっ……」
咳き込むかのように、身体を強ばらせてお腹を押さえている。
「もしかして吐き気もありますか?」
「い、いい。大丈夫だから、お、お前、座れ」
「え、はい」
捕まれた腕を引いて、俺を座らせた。
「あの、ジンノ大佐……?」
痛がっている、ように、見えない。
これは……。
「もしかして、笑ってます……?」
この人は、痛いと笑ってしまう人なんだろうか。
過酷な戦場を経験するとこうなってしまうのだろうか。
「お、お前、笑いすぎて、し、死ぬかと思ったぞ」
そう言って、モニターを指さした。
そこには、先ほどの演習での俺が写っていた。
「見てみろ」
そう言って、俺が板を運んでくる所まで動画を移動させた。
よたよたと引きずり、真ん中辺りに棒立ちする俺。
イーグルをにらみながら指示を出し、板が打たれる度に驚く俺。
モニター越しでも分かる位に足が震えている。
そして、そのままへたり込む俺。
「ここまではまだいい、それなりに予想していた。ここまでは耐えられた」
そこから早送りして、板の影からボールを地面に叩きつける俺。
「んぶっ、ふふっ」
隣からジンノ大佐の堪えた笑い声が聞こえる。
モニターの俺はおろおろしながらピストルを撃つ。
そこにためらいがちに、カラーボールへの一発の銃弾。
そして、続いていうつもの銃弾が撃ち込まれる。
「だ、ダメだ、ここでもう、俺は無理」
そう言いながら、またお腹をかかえて笑い出した。
「え、……あの、す、すみません……?」
すみません、でいいのか?
何が無理だったんだろう。
そんなに俺がダメだったのだろうか。
「いや、違う。お、お前だけじゃない」
俺だけじゃないとは。
「あ、あいつら、どんな顔してるのかと思うと、あは、あはははは」
あいつらって、砦兵達か。
そりゃあ、呆れた顔してるだろうよ……。
にしても、すっげー笑ってるよな。
何がそんなに面白いんだろうか。
「マリア!」
そこに慌てたヒロが入ってきた。
呆然としている俺と、腹を抱えて笑う大佐を見て、ヒロなりに状況を理解したようだった。
そして深呼吸と共に胸をなで下ろす。
「はぁぁぁ……、びっくりした。マリアが自殺でもするつもりなのかと思ったよ……」
自殺?
なぜ?
「そうか、お前にはそう見えたのか。あの転がったカラーボールを最初に撃ったのはヒロだな」
「察しがよろしいようで。その通り」
「どうだ、なかなか楽しい演習だったろう」
「まぁ、楽しいと言えばそうだけど、マリアは砦兵と違って繊細なんだからいきなりこういうのはダメでしょ!」
「想像以上の成果が出たぞ」
「大佐ってたまにデリカシーがなさ過ぎ!」
ヒロは俺の所に来て、頭をぐちゃぐちゃと撫でた。
「マリア、今回の事はタチの悪い事故に遭ったとでも思って、許してくれよな」
「……」
状況が、全然把握できない。
楽しい?
結果?
どういう事だ?
「マリアのおかげで課題ができた。協力してもらって、今後の演習実戦に活かすぞ」
「それは確かに悪くないですけどね」
何かを模索し始めている二人に、問いかけた。
「……あの、何が起こっているのか、説明していただけませんか……?」
「ああ、すまないな。余りに面白くて詳細を伝えられていなかった」
「大佐、笑ってるだけで説明してないんでしょ!」
「そうだな、悪かった」
いつの間にかジンノ大佐がヒロに説教されている。
こういう事もあるのか。
二人の説明を聞いて、今回の趣旨と起こった事がだいたい把握できた。
元々、俺一人で暗号確認の板抜き(初めてそんな名前があるのを知った)は砦兵には内緒にしていた。
それはもちろん、どんな状況でも対応できるように。
俺の指示は明らかにジンノ大佐との指示とは違い、そこで指揮は俺が執っているのにヒロは気づいた。
他の砦兵達も何かおかしいとは思っていただろう。
その後、いつもなら高く大きく投げられるはずのカラーボールが地面に叩きつけられ、空中では無く地面に転がっていた事。
通常運行とは違う状況でも、察知していたヒロだけがカラーボールに攻撃を当てた。
その数秒間、他の砦兵達は恐らく、ポカンとしていただろう。
撃つべきなのか、どうなのか。
あまりにもいつもと違いすぎて。
でもヒロの一発で、ああこれ撃っていいのだと判断し、転がるボールに一斉攻撃をした。
どうやら、この一連の流れがジンノ大佐の笑いのツボを刺激したらしい。
「あははは、みんなの頭に〝!?〟が浮かんでいるのがすぐ分かった」
な、なるほど……。
エリートスナイパー集団が一瞬素になってしまったものなのか。
「それにその後、低めのカラーボールが投げられて頂点過ぎても合図無し、それでピストルの合図でもあれば、マリアが蜂の巣になってたよ」
ああ……、確かにな。
俺のあのタイミングで撃たれたら、肉片にされていただろうよ。
「それは止めたぞ」
「止めてもダメ! マリアが本当に死ぬ気で合図出してたらどうしようかと思ったよ」
そう言って、ヒロは前髪をかき上げてため息をついた。
ヒロは本気で俺を心配してくれてたんだな。
「しかも、マリアの命がけの演習を笑ってるなんて言語道断。マリアごめんな」
「いえ、俺、本当に何も分かってないし、お役に立てなくて情けなくて……」
「いや、いい成果が出た。今まで決まり切った演習方法はほぼ完璧だと思っていたが、不測の事態への弱点が分かった。そこは潰していこうと思う」
「それでマリアを利用するのは、負担が大きいように思いますがね」
「そんな事は無い。誰もがヒロのように冷静に判断できる演習をしなくてはな。という訳で、マリア、これからも頼む」
「え、ええっ!!」
話の流れから、ジンノ大佐に失望されていないのは分かった。
分かったというより、精密に計算された演習方法では不測の事態に対応が遅れるという問題が出てきたと、そういう事なのだろう。
……俺がヘタレなせいで。
身体能力のみならず、その他の非力な自分が露わにされたような気がして手放しで喜べない。
「これからは二人ランダムで指示を出すようにしよう」
「マジっすか……」
「ただ、自分に攻撃が当たるようなミスはするなよ」
「分かってます」
「それは名案だけど、マリアの精神的なケアもお願いしますよ大佐」
「もちろんだ」
ヒロ。
お前は本当に良い奴だな。
惚れてしまいそうだよ。
精神的なケアって、本来俺の仕事でもあるんだけどな。
ふと、俺が呼び出されていた本当の理由を思い出した。
「あ、そうだ、ジンノ大佐、足が痛いと言っていたのはどうなったのですか?」
「最初から問題無い。そう言えばすぐお前が来ると思ったからな」
ああ、ああそうですか。
最初に感じていたジンノ大佐への畏怖の念がどんどん削がれていくのを感じざるを得ない。
「それは、良かった、です……」
「休憩が終わったら、今日は自主練にする。敵は来ない。各自苦手な部分を特に克服できるように伝えておいてくれ」
「はいはい、分かりました。伝えておきますよ。くれぐれもマリアいじめたりしないでくださいね」
「心配無用だ」
「じゃあ、みんなに伝達してきます。マリアと大佐はもう少し休憩してから始めてくださいよ」
「俺はマリアにアドバイスするくらいしかできないな。何せ今日は主治医から安静にと言われている」
「じゃあ、大人しく一人で過去を反省しながら瞑想でもしてどうぞ」
「お前は相変わらず辛口だな」
「そりゃそうでしょ。マリアが慣れない環境で必死にしてる姿が可哀想で」
「お前らしい。悪いが、みんなを任せるぞ」
「了解」
「そうだ、最期にマリアの今回の勇姿を見てみるか? モニターで録画してある」
!!!!!
「いや、ジンノ大佐、それはちょっと、あの、もしかしたら、砦兵達の不安に繋がる可能性が……」
「確かにそうだな。これは切り札に取っておこう」
切り札って何だよ!
「じゃあ、これで失礼します。砦兵達には適当にごまかして、臨機応変に対応できるように自主練するように促しておきますから」
「頼む」
「もう一回言いますが、人それぞれ適材適所、見誤ってマリアを潰すようなマネしないでくださいよ」
「ああ、肝に銘じておく」
その言葉を聞いて、ヒロは処置室から出て行った。
「ヒロはいい砦兵長だろ」
「そうですね……」
「今回はやりすぎた。すまないな」
「いえ、特にそのような事は思っていません」
思っていないというよりも、俺がヘタレなのが一番の原因でもある訳だし。
俺も反省と勉強をしないとならない。
でも、ヒロとジンノ大佐がいれば、何とかなりそうな気がしているのは確か。
「ジンノ大佐に対してヒロは強気なんですね」
「そうだな。説教モードに入ってるヒロは怖いぞ。だからここに居てもらっている」
「どういう意図で?」
「指示を出す立場にいると大事な事を忘れてしまう事がある。それを叱咤できる人間はとても貴重だ」
「ジンノ大佐からはそんな奢った所を感じた事はありませんけれど」
「腐った上下関係の中で生きているとな、それを改革したけりゃある程度自分も上に上がる必要がある。初心はいつまでも忘れないつもりだが、俺の場合はかつての悪ガキ時代の悪い癖が出る事もあるようだ。今回みたいにな」
「俺はそんなに気にはしていませんが」
それよりも自分の無能さの方が精神的ダメージが大きい。
「マリア、お前は真面目で優しくて、優秀だ。しかし何でも自分で解決しようとしている割に自己評価が著しく低い。もっと回りに頼っていい。俺でもヒロでも、他の仲間でも。俺だけでカバーできる範囲は限られている。だから、みんなを信頼しろ。これでも信頼できる人だけを集めているつもりだ」
「……」
この、ジンノ大佐の嘘偽りの無い言葉。
胸が熱くなる。
一時期はもう一生こんな風に言われる事は無いと思っていた。
「まずは相手を信頼しろ。信頼が欲しければ、先に相手を信頼する事だ。逆説に聞こえるかもしれないが、信頼を得るには、信頼できる人間にもなれ。それが両立できた時、目に見えるより強い絆が生まれるだろう」
「信頼……」
ここに来て、何度も何度も聞いた言葉だ。
相手を信頼する。
それは未だ相手次第だと思う所はある。
でも、信頼して欲しい相手に嘘をついたり貶めるような事をするつもりは無い。
そして、自分が信頼できる人間になる。
これは……、正直全く自信が無い。
例えそう思っていても、相手の望む行為を俺はできるだろうか。
恐ろしいんだ。
自分が人からの信頼を受けられる人間であるのかどうか。
いつもいつも、相手をがっかりさせる行為ばかりのように感じる。
その度に自分を責めて、ただ責めて、何も変わらない。
「そんなに深く考えなくていい。俺はお前を信頼しているし、それを裏切られた事も無い」
「そんなまさか! ……今日だって……」
そう言うと、またジンノ大佐は思い出し笑いを始めた。
「お、おま、止めろ、やっと忘れかけていた所なのに、うは、ははははははは」
またベッドにしがみついて笑い始めた。
「まぁ、とにかく、お前は俺の期待以上の成果を出している。お前が自分をどう思っていてもだ」
「あまり実感がありません」
「今はそう思うかもしれないな。でもお前にしかできない事が、みんなの役に立っている。それはお前自身が判断できるものじゃない」
「……」
「無理して頑張れとは言わない。お前はお前でいろ。それが一番みんなの為になる」
「そう、……ですか。まだピンと来ませんが……」
「俺の目に狂いは無かった。これからもそれが覆るとは思えない。お前がどう思おうが、それが俺にとって真実だ」
「……はい」
過大評価しすぎ。
優秀だった父親との面影を重ねすぎているだけ。
その気持ちが8割。
残り2割は、少しだけ信じてみようと、そう思った。
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