懺悔

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懺悔

 俺にとって課題の一つである筋力不足、体力不足。  それを少しでも打破すべく、時間のある時は地下にあるジムに足を運んだ。  ただ正直言うと、どの器具も俺にはハードルが高く、ランニングマシンで数㎞走るだけで一日分の体力が消耗された。  「マリアさー、歩いてないでたまには筋力付けるトレーニングもしなよー」  ある日、タカヤがそんな軽口を言ってきた。  待てよ。  ダンベルは10㎏からしか無いし、チェストプレス80㎏からしか選べないようなマシンで俺に何ができるのかと。  一般的なトレーニングマシンて普通初心者でも使えるような設定あるよな?  なんでここはそれが無いんだよ。  あと、歩いてるんじゃなくて走ってるからな?  「もっと手軽にできる筋トレって無いかな?」  「手軽にできる為にトレーニング用のマシンが置いてあるんじゃん」  「あ、うん、そうなんだけどさ、マシン使わなくてもできるものってあるよね、多分」  「ああ、そういうのか。じゃあ俺手伝うよ!」  「タカヤが手伝うのか……。嫌な予感しかしないんだけど」  「心配すんなよ、マリアがヒョロガリなのは分かってるしさ」  「うん……、そうだね……」  一番痛いところにストレート打ち込んでくれるよな……。  タカヤが俺を連れてきたのは柔軟用の広いマットの上だった。  「超簡単、ただの腹筋な」  そう言って、マットの上に寝転がるように促した。  そして足首を持つ。    「膝曲げて、そう、ゆっくり身体を起こして」  「ふんっ……、んぐ……」  すげぇキツい。  けど、これならなんとか。  「そう、起こしたらすぐ戻らないで腹筋意識して身体丸めてみて」  腹筋を意識……。  「で、ゆっくりまた戻って」  「くっ……、ぐ……」  ゆっくり戻るってのもキツい!  「じゃあもう一回」  「ふんっ……」  「勢いで起きるんじゃ無くて、お腹に力入れて起こすんだよ」  「う、ぐっ……」  「……」  「く……、ぐ……」  「…………」  「ぐ……、う……」  「うん、おっけー、今日の所は腹筋1回って事で、な」  「……ぷはっ」  少しだけ浮き上がった身体から力を抜く。  腹筋1回……。  「あの、アレだ。……そういう人もいるんだと思うから、少しずつ増やしていけばもう少しできるようになる、と思う」  「うん、……そうだね、アリガトウ」  やめろ。  その気を遣ったような励ましやめろ。  「そうだ、コレやるよ!」  そう言って、持っていたボトルを俺に差し出した。  「俺特製エナジードリンク。飲むだけでも体力付くぜ!」  「飲むだけで、体力が付くのか……」  むしろ危ない飲み物じゃないのかそれ。  「あ、信用してないだろ。プロテインに豆乳、きな粉、ナッツペースト、すりおろしたリンゴとか、はちみつとかいろいろ入ってる」  「へぇ、それは体力作りに全力な飲み物だな」  「だろ? 俺結構食生活には気を遣ってるんだぜ」  意外。  とりあえず食えるものなら何でも口に入れる奴かと思ってたけど。  「体力だけは維持しないとな。俺それしか取り柄ないし」  「そんな事ないだろ。この砦の狙撃兵ってだけで超エリート兵士なんだろ?」  「そりゃ、まぁ、な」  と言って、隠すこと無く照れるタカヤ。  生意気な弟みたいだよな、こいつは。  思わず笑みが漏れる。  「全く、お前が味方で本当に良かったよ」  「そ、そうかな」  照れながら笑い、そしていきなり肩を落として下を向いた。  「どした?」  「ごめん。俺、違うと思う」  「何が?」  「味方で良かった、って」  「どうしたんだよ」  いつも脳天気なタカヤが力無く俯く姿に驚く。  「俺さ、馬鹿だから味方を殺してるんだ」  「は?」  「だから、良くはない、の、かも」  「何か指示間違えて仲間を危ない目に遭わせたとか?」  「違うよ。味方を、……撃ち殺したんだ」  首から提げているタオルを握る手が震えている。  これは、ここでする話じゃないな。  「ちょっと場所を変えようか」  そう言って、処置室へ連れて行った。  処置室。  何か適当な飲み物を用意しようかと思ったけれど、椅子に座って固まったままのタカヤを見てとりあえず前にコップだけ持ってきた。  「タカヤのエナジードリンクでいいか?」  タカヤは俯いたまま頷く。  コップに注ぐとドロドロの液体が流れていく。  一口飲んでみると、こってりとしてざらついた甘いものが舌に絡みつく。  すげぇ濃度だなコレ。  これ飲み物ってカテゴリで合ってんのか。  一つ大きく深呼吸をして、タカヤが話し始める。    「俺、みんなを騙してるのかもしれない」  「なぜ?」  「言っただろ、仲間殺してるから……」  「状況が分からないから何とも言えないよ。ここの砦での話か?」  「違う。ここに来る前にいた所で」  「…………」  馬鹿ではあるけど仲間思いのタカヤがそんな事するようには思えない。  何か事情があるんだろう。  「マリアはさ、エリートとか言ってくれるけど、俺本当はすげー問題児だったんだよ」  「どんな?」  「俺さ、レシーバーで指示があっても自分勝手に動き回って、それでも敵が倒せるならいいじゃんて思ってた。怒られても、俺一番敵倒してるじゃんて、思ってたし、友達もすげーって言ってくれてたから」  「うん」    想像はできる。  「でもさ、隊長の指示無視して敵追いかけてたら、……敵だと思って撃ったら……」  「味方だった?」  「……うん。もう敵は撤退したって言われてたけど、人影がいたから撃ったらさ……」  タカヤの手が震え始める。  「……ずっと、一緒に居た、隊長だった」  「……隊長か」  「誰からも頼りにされてて、凄く、強くて、そういう人で、……俺、みんなに死にそうなくらいボコボコに殴られて……。ううん、そうじゃなくて、そんなのは当然で。……その隊長、俺の事一番可愛がってくれてたから」  なるほどな。  以前、ヒロがここにいる奴はみんなすねに傷を持ってる奴ばっかりだと言っていたのを思い出した。  タカヤは自分の犯した罪が重すぎたんだ。  「銃の使い方教えてもらって、褒められたり、怒られたり、優しくしてもらったり、そういうの思い出して、もう、なんか、いろいろぐちゃぐちゃになって……」  タカヤは当時を思い出したのか、膝を血が滲む程に握りしめ、その上にポタポタと涙が落ちていた。  俺は膝を握るタカヤ手にティッシュを渡した。  「辛かったな」  「辛いのは……、俺じゃなくて、隊長と、隊のみんなだよ……」  タカヤは声を上げて叫び出しそうになるのを必死に抑えているようだった。  「隊長の事を思い出すと、……ヒクッ、今でも、気がっ、気が狂いそうになる……」  「俺にはお前が一番辛そうに見える」  タカヤはブンブンと首を振ってぐしゃぐしゃになったティッシュを顔に押しつけた。  「俺、もう、一生、自分が許せない。俺なんて、早く、地獄に落ちればいいと思う」  何となく、ジンノ大佐がタカヤをここに連れてきた理由が分かったような気がする。  「タカヤもジンノ大佐に引き抜かれたんだったな」  「……うん、俺の所に来いって、次味方を撃つ事があっても俺だけだから安心しろって。でも、もう絶対そんなミスはしない。絶対に絶対に、しない!」  タカヤはきっと、その隊長を撃ってしまった時から動けなかったんだろう。  自分を責めて、責めて、今現在も責め続けて。  でもその中で、ジンノ大佐はタカヤを成長させたいと思っているんだろうな。  成長するというのは、本当に辛くて苦しくて自分でも分からないのかもしれない。  「その隊長は、お前に大切なものを残してくれたな」  「……どういう意味?」  「お前が愛されてたって事だな、きっと」  「……?」  何が何だか分からないという顔を俺に向ける。  ああ、間違いなくその隊長はタカヤを可愛がっていたんだろうな。  分かるよ。  ジンノ大佐が大事に思うのも、分かる。  そして、タカヤがジンノ大佐を慕うのも分かる。  「大丈夫、お前は生きて、強くなれる。地獄なんて行かない」  「どうして、そんなの分かるんだよ」  まるで泣きべそをかいている子供のようだ。  「命と引き替えてもいい位の愛情をもらってるからだ」  やっぱり、お前は味方で良かったよ。
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