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歓迎会と襲撃
(ああ、これが見えない亡霊達の正体か……)
目の前で大騒ぎしている大男達を見て、俺は立ち尽くした。
「いやー、こんな美人さんが来てくれるなんてやる気出るなぁ! 待ってた甲斐があった」
そう良いながら肩を抱いてくる髭の大男、名前はキラ。
「あの、遅刻したのは本当に申し訳ありません。あと一応、俺男なんですが……」
「いいのいいの、マリアちゃんくらい美人なら俺は一晩だって待てる自信がある」
「いやですから、俺は男で……」
ちゃん付けで呼ぶな。
女性名って、結構なコンプレックスなんだから。
「マリア、先に始めてて悪かったな。コイツら早く騒ぎたくてうるさくてさ。はい乾杯」
無理矢理ビールの入ったジョッキを持たせ、ぶつけてくるチャラい優男風のこの人はヒロと言う。
一応、ここの砦兵の兵長だ。
「ヒロ兵長、申し訳ありません。地下で迷ってなかなか入り口が見つけられなくて」
そう言うと、ヒロ兵長は驚いたように後ずさった。
「おお! ちゃんと兵長付けて呼んでくれる人なんて初めてだよ! おい、みんな聞いたか!? 俺の事はちゃんとヒロ兵長と呼べよ!」
「マリア、ヒロはヒロでいいよ。あの地下ふざけてるよな! 俺二日野宿したんだぜ!?」
横から大きなジョッキをゴツンとぶつけてきて一気飲みし始める童顔のこの男はタカヤ。
二日野宿か。
それはそれで凄いな。
「お酒は遠慮します……」
「お前な、そういう事言うから若者のアルコール離れとか言われるんだからな!?」
「タカヤさん、て、確か未成年では……」
「そう! まぁ、細かい事は気にすんなって! 今日はマリアの歓迎会なんだからさ!」
11番目の砦に入隊する条件に、砦兵達の写真を見て名前を全部インプットするというものがあった。
スパイ対策なのは分かっていたけれども。
目の前の三人以外を見渡しても、全員がジョッキをぶつけ合って大声で笑っていた。
な、なんてむさくるし……、いや、豪快というか。
野蛮……、いやいや、うるさ……、じゃなくて、ああ、肯定的な言葉が出てこない。
見えない亡霊達ってもっと静かで落ち着いたものだと思ってたよ……。
俺を面接したジンノ大佐はこんな騒がしさとは無縁の人だったし、ここの砦兵は外部には秘密の隠密部隊なはず。
そう思っていると、宴会場となっている食堂のドアが開き、ジンノ大佐が入ってきた。
「お前達、少し騒がしすぎるぞ」
褐色の肌に冷めたような瞳をしている白地に金の星が三つ付いた襟章の軍服を着た人。
この砦で唯一敵に姿を見せている、いわば“見えるただ一人の亡霊”だ。
28歳にして数々の勲章と大佐という肩書き。
持っているオーラはただただ重くずっしりとした落ち着きを放っている。
そう、俺は静かに全うに軍医として仕事がしたかったんだ。
だからこの砦に来た。
俺はこの国で軍医をしていた父と、遠い西の国から来た看護師の母の元に生まれた。
軍医として最前線で働いていた父を尊敬していたし、母は常に父に寄り添ってアシストしていた。
父は強く、優しく、そんな父を目指して医師を目指した。
でも、その報告ができる前に、両親は争いに巻き込まれて亡くなってしまった。
二人には近い身寄りは無く、俺は天涯孤独の身となった。
父と同じ軍医を希望したけれど、戦場では適応不足で不合格という不名誉な結果が送られてきた。
俺はしばらくは研究室、そして臨床へと異動した
両親はかつて誰からも尊敬されていたが、ある事件がきっかけで社会的に追放される身になった。
二人の子供だった俺も同じように、研究室でも医局でもいじめに近い扱いを受けた。
研究は奪われ、助かる見込みの少ない患者ばかりを担当させられた。
母親から受け継いだ白い肌と薄い色素をバカにされ、中性的な顔立ちを笑われた。
本当にくだらない話だが、社会の中でこんな扱いを受ける事にひどくショックを受けた。
金が無い訳じゃなかった。
俗世から離れてどこか別の国へ行こうかと思っていた時にジンノ大佐からの封書が届いた。
戦力は必要無い11番目の砦の軍医になってみないか、と。
もちろん審査を受け、軍事キャンプを経験し、それが通ればの話。
審査と面接は滞りなく進み、過酷なキャンプを過ごして今日初めてここへ来た。
さんざん迷った挙げ句に。
来た、と同時にこの状態になっていた。
「うほおおおお!!! 大佐ーーー!!」
声を上げてタカヤがジンノ大佐にぶつかっていこうとする。
ジンノ大佐はそれを軽く手でおしのける。
「あああ、大佐冷てーなぁ」
「騒がしいと言っているだろ」
「いやでもさ、マリアって大佐が引き抜いた軍医なんだろ? 俺すげぇ楽しみだったんだぜ!?」
な、なんでこいつ大佐にタメ口きいてるんだ!?
ジンノ大佐が俺に向かって歩いてくる所にキラもやってきた。
そしてジンノ大佐に親指を立ててGJのポーズを取る。
「俺、マリアちゃん好みだから保健室登校するわ」
「はぁ!?」
俺に近寄ろうとするキラをヒロが止める。
「お前ヤメロ! マリアがガチで引いてるだろ」
ジンノ大佐はそのやりとりを見て少し考えると、ヒロへ向き直った。
「ヒロの小隊は人数が少なかったな。マリアも入れてくれないか」
「もちろんオッケー!」
「し、小隊?」
待ってくれ。
戦力は必要無いと聞いて来たはず。
小隊組むって、戦場へ行くって事か?
慌てる俺にジンノ大佐が言う。
「小隊と言っても、日常生活で支障を出さないようにサポートし合う意味も兼ねてるだけだから心配するな」
「そうなんですか……」
それはそれで、別の心配があるような。
「マリア、来てそうそう悪かった。まだ荷物も部屋に置いていないんだろう」
「そう、っすね……」
「こいつらは気にしなくて良い。まずは荷物を置いてこい」
うるさい外野を無視して、ジンノ大佐は淡々とそう言った。
「はい」
「居住区域は基本地下のみ。部屋は分かるな?」
「はい」
生活は砦の地下。
地上へ出る事はほとんど無い。
唯一地上で生活しているのはジンノ大佐のみ。
この砦にはジンノ大佐一人が住んでいるという事になっている。
亡霊が一人、砦に住んでいると思わせる為に。
しかしだ、そんな慎重になっている中、砦兵達はこんなに騒いでいていいのかよ。
仮にも見えない亡霊とさえ言われている役なんだろうに。
床に落としていた荷物に手をかけた時、突然全員の声が途切れ、物音一つしない静寂に包まれた。
……?
なんだ、俺何かしたか?
見渡すと、全員が石像のように固まっていて、ジンノ大佐のみ手のひらサイズの端末をじっと見ていた。
な、なんだコレ。
変な世界にでも紛れ込んだのか?
「まる」
独り言のようにジンノ大佐はそう言うと、砦兵達は一斉に音も無く部屋から出て行った。
まる……?
…………??
なんだ? 何が起こってるんだ?
敵か?
混乱している俺の腕をジンノ大佐が掴んだ。
「痛っ」
「しばらくここで静かに待ってろ」
「えっ、何が起き……」
「待つくらいできるな。思っていたより時間が押した」
「一体何っ……、ぅぐっ」
質問しようとした俺の口に荷物が押しつけられる。
冷めた目のまま俺の目をじっと見る。
「後で説明する。黙れないなら冷蔵庫に入れるぞ」
え、怖いんですが。
そんな事されたら死ぬんですが。
「とにかく、俺が来るまでここにいろ、いいな」
俺がぶんぶんと首を縦に振るのを見ると、ジンノ大佐は扉を閉めた。
兵士達が飲み散らかした酒とご馳走がそのままになっている。
ただ誰もいない状態。
とにかく全く音が聞こえない
食堂だけでなく、砦全体から人の気配さえ感じられない。
一体何が起きたのか。
敵が来たのだろう事が何となく推測できるが、スピードが速すぎて処理が追いついていない。
《役立たず》
医局で働いていた時によく耳にした。
俺は常に最善を尽くしていたつもりだったし、今でもそれは間違っていないと思う。
ただ、最善を尽くして命を救う事が望まれていなかった、もしそれができたとしても俺がその役になるのは望まれていなかった、それだけの事だ。
助けても、助けられなくても、役立たずと罵られた。
一人取り残されて立ち尽くしていると、思い出したくないものがあふれかえってくる。
もうそんな事を考える暇もない位に仕事に没頭したい。
ゆっくりと頭を押さえて、その気持ちを押し殺した。
早くジンノ隊長が迎えに来てくれたらいい。
あれからどれくらいだろうか。
5分、いや10分は経っていると思う。
パン!!
破裂音が聞こえた。
さすがに分かる。
発砲の音だ。
位置は、砦の上か。
やっと敵が来たのか。
続けて3発の発砲音。
これで4発。
撤退させるのか、全滅させるのか。
不落の砦である以上、負ける事は許されない。
命がけだ。
負傷兵は何人出るだろうか。
早速俺の仕事がはじまる。
良かった。
何でもいい、何かしていなければ。
パン!
また1発追加。
その直後に何発もの銃声。
猛襲が始まった。
その音は砦の上から、そして外から、一体何人が銃撃戦を行っているんだ?
戦況は?
俺の一番居座る場であろうまだ処置室を見ていない。
ここにはどれだけの設備があるのだろうか。
一番大事な砦に軍医が一人だけというのは心配だ。
銃創は場所によってはとても繊細な作業となる。
最低でも簡易手術ができる程度の設備はあるのだろうが、最良の処置を施すのに機器が揃っていないと命に直結しかねない。
あと、衛生面だ。
外部にあるウイルスや細菌が銃創や傷口から入り込んできているのなら、その処置も必要となる。
また、戦線復帰への期間をできるだけ短くする為のサポート。
リハビリ設備等々あるのだろうか。
食堂に来る前にせめて処置室だけでも見ておくべきだった。
考え得る処置をシュミレーションしても、必要器具があるかないかで大きく変わる。
あと、ああそうだ、あいつらは酒を飲んでいる。
流血が多くなる、そして処方する薬も調整しなければ。
今の所は銃の音のみだ。
最悪の負傷に必要最低限の設備がある事を祈る。
銃の音が聞こえてから30分ほどだろうか。
体感としてはもっと長く、考え事をしている時間を含めると足りないくだいだったが。
ゆっくりと扉が開かれて、ジンノ大佐が姿を現した。
「いきなりで済まなかったな」
「敵襲、ですよね。負傷兵は処置室へ移動させください」
「負傷兵はいない」
「え、いない?」
「ああ、またお前の歓迎会の続きをしたがっているぞ」
「あの、ここで、ここの場所で、ですか?」
「そうだ。食事は冷めているが、食えるだろう。容赦してくれ」
「は、はぁ……」
負傷兵、居ないって本当か?
その上また宴会を続けるのか?
この状況で? 正気か?
「早く荷物を部屋に置いてこい」
「あの、敵は?」
「撤退した。今夜はもう大丈夫だろう」
「負傷兵は……?」
「二度言わせるな。いない」
「は、はい……」
何かおかしい。
キャンプ研修のような緩い戦況の中でも敵襲があれは最低でも数人の負傷兵が出る。
致命傷にならなくても、弾が掠ったり、刃物で刺されたり、もう思い出すのもキツい状態で戻ってくる兵もいた。
「早く準備をしてこい」
「あ、はい、分かりました……」
ジンノ大佐に急かされ、荷物を肩にかけた。
部屋番号は108と聞いている。
ただし、この部屋番号の数字は順番に配置されているとは限らないというトラップ付き。
とは言え、処置室の隣である事は確かだ。
俺は食堂の外へ出て、補助灯のみの薄暗い廊下に出た。
廊下に出ると、先ほど大騒ぎしていた砦兵がワイワイしながら向かってきた。
先頭にいたデカい男、キラが話しかけてきた。
「あ、マリアちゃん、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
タカヤが肩にかけていた荷物を引っ張る。
「もしかして、残ってたメシ食ってないよな?」
「いや、そんな余裕ないですよ……」
「よっしゃ、マリアいい奴決定だな!」
ええ……。
基準がおかしくね?
「マリアちゃん、危険な時は俺を呼んでくれよ。マリアちゃんてアンジーちゃんにそっくりなんだ」
キラは自分を親指で指し、ドヤ顔で言ってくる。
「ア、アンジーちゃん、とは……?」
キラを押し出してヒロが手の平を少し振る。
「あ、気にしないで。これはキラの病気みたいなもんだから。金髪美女キャラに目が無くてねー」
「…………」
ああ、ここには変なのがいるんですね……。
「俺の小隊はこのタカヤとキラと、今日からマリアの四人だね。食事とか風呂とか小隊ごとに分けられてるからよろしくなー」
「あ、え、……はい」
どうしてこうなった。
一人仕事だけして過ごしていればいいだけじゃないのか。
動けなくなった俺の顔をヒロが覗き込む。
「あれ、ちょっとびっくりした?」
「い、いえっ、そんな、あの、俺聞いていなくて」
「あー、大佐ってちょっと説明不足な所あるよなー。でもとりあえず、大佐の言うとおりにしておけば間違いないから。これは本当に」
「そうですか……」
「そう、俺達みんな大佐のファンなんだぜ!」
後ろからタカヤが満面の笑みで言う。
「俺は今日からマリアちゃんのファンも兼ねるぞ」
またコイツか。
「……あの、荷物を置きにいってもいいでしょうか」
早い所切り上げたくて俺は話題を変えた。
「あ、ごめんな。いきなりいろいろあって落ち着かないよな。一息ついたら歓迎会来なよ。メシは冷めてるけどまだまだ残ってるから」
「そうそう、それな!」
と、またがタカヤが口を出してヒロと拳を合わせる。
本当につい今しがた銃撃戦してた奴らかよ。
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