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真相
しばらくオフの日と演習のみの日が続いた。
ジンノ大佐が言っていた、もうすぐ戦争が終わるというのが近づいてきているのを感じていた。
朝食時。
タカヤとキラはいつも通りに食べ物の奪い合いをしている中、ヒロの食事の手が止まっていた。
ちなみに俺は既に通常の一人分を食べ終わっている。
「ヒロ、どうした?」
「うん、ちょっと」
「ヒロが浮かない顔してるなんて珍しいな」
「そうかな。……多分、今日のミーティングで大佐から何か話があるかもしれない」
昨日、ヒロは本部へ出向いていた。
戦争が終わる話でもあったのだろうか。
でも、ヒロにとっては家族のいる家に帰れる嬉しい知らせなはず。
それを覆すくらいの心配事があるようにしか見えない。
朝食の時間が終わり、ジンノ大佐が食堂へ来る。
「おはよう、ミーティングを始めるぞ」
ジンノ大佐を見る限り、特に何か変化があるように見えないけど。
「通常ミーティングに入る前に報告がある。重要な事だから静かに聞いてくれ」
終戦の事だろうか。
それまで雑談していた砦兵達が静かになる。
こういう所、本当に学校の先生と生徒みたいだな、と思う。
「シュバリアがタールとの軍事契約を切った」
タールにとって一番大きな味方だったシュバリアが見限ったのか。
それなら、もう終戦と同義だな。
「それと一緒にアユタワとの契約も切られた」
アユタワとの契約??
アユタワはシュバリアと何か契約を結んでいたのか?
それは聞いた事が無かったし、だいたい、敵と同盟を組んでいる国と何を契約するんだ?
同じような疑問が他の砦兵にもあったようで、場がざわめく。
「これは上層部のみの機密事項だったから、誰にも知らせていない。が、タールに軍事協力をしながらアユタワとも裏で繋がっていた。タールの攻撃情報をシュバリアがアユタワに流していた」
おい、マジかよ。
ジンノ大佐の的確な敵襲情報はシュバリアから来ていたのか。
「タールの敗戦はほぼ確定している。もうアユタワへの情報提供はしない。次の段階に移らないとシュバリアにとって利益は無いと踏んだのだろう」
状況が飲み込めない砦兵達がざわついている中、タカヤが声を上げた。
「大佐、俺よく分からないんだけど、俺達勝ったって事?」
「そうだ。アユタワ勝利で戦争は終わる」
「うおおおおおおおおおおお!!!」
砦兵みんな拳を握り上げ、抱き合いながら騒ぎ出す。
大声で叫ぶ。
中には涙を流して喜ぶ者もいる。
自国の勝利の為に戦っていたんだから当然だ。
「今日は各自自由に過ごしていい。まだ条約が結ばれた訳じゃ無いから気を抜くなよ」
大騒ぎしている砦兵達の中、ジンノ大佐は静かに食堂を出て行った。
「ヒロ、これで家族と暮らせるな」
「まーな。そうかもしれない、のかも」
「かもしれない?」
「それだけじゃないって言うか……。まぁ、今日もこれから本部に行ってくるよ」
「へぇ。大変だな」
「マリアこそもっと喜んだらいいのに」
「……俺の分もみんなが喜んでるからさ」
「変な理由だなー」
「ジンノ大佐も喜んでるように見えないんだよな」
「それは、……マリア直接聞いてみるといいよ。俺はもう支度するから」
そう言って、席を立ってしまった。
やっぱりヒロもジンノ大佐もおかしい。
何があったんだ。
執務室をノックする。
「マリアか」
「そうです」
「入れ」
「はい」
中に入ると、ジンノ大佐は窓枠に肘をつきながらタバコを吸っていた。
「戦争が終わって町に戻ったら喫煙者は嫌われますよ」
「はは、お前もな」
「おっしゃる通り」
言いながらジンノ大佐からタバコをもらう。
「……シュバリアの話は初めて聞きました」
「これは漏らせない機密だったからな」
「そうでしょうね。今までタール襲撃が分かっていたのはシュバリアからスパイでも送っていたからですか?」
「そんな所だ」
「戦争が終わるなら、もっと嬉しそうな顔したらいいじゃないですか。勝てば喜ぶって言ってませんでした?」
そう言うと、次の言葉を考えるようにジンノ大佐は深くタバコを吸って、ゆっくりと煙を吐いた。
「戦争で、一体何人死んだんだろうな」
「……」
「今更俺が言える事じゃない。ただ、戦争そのものをシュバリアがけしかけていたものだとしたら、どうだ」
「……まさか?」
「タールに軍事力提供と、アユタワへのタールの情報提供、その見返りがもらえる、一番得する国はどこだ?」
「シュバリア、ですね……」
「3年前、この砦が壊滅的被害を受けて戦況がタール側に傾いた時、シュバリアから話を持ちかけられた。当時は引き替えの条件も無いという怪しい話をアユタワは藁をも掴む気持ちで受けてしまったんだな」
一度深く吸って、煙を吐き出す。
「俺に11番目の砦を任せたいと話が来たのはその時だ。情報提供国を聞いて驚いたが、これで少しでも犠牲を減らせる作戦が立てられると、俺も慢心していた」
「首都に攻撃が来るかもしれないと騒いでいた時期ですね」
寂しげな表情のジンノ大佐は、窓の外を見ながら、窓枠に置いていた腕に顔を乗せた。
「……強い国は賢いな。他の国をみんな駒にして動かす」
「表向きはタールにも協力している姿勢を見せて、利用していたんですね」
「タールはもう悲惨としか言えない。本当はもっと早く戦争は終わって良かった。タールは金も人間も搾り取られて、アユタワ植民地として復興させるまでには時間も金もがかかる。アユタワ自身も戦争で疲弊しているからその立て直しも必要だ」
「戦争の傷跡は、深いですからね……」
「その為の資金を提供するとシュバリアがアユタワに同盟を持ちかけてきている。その条件がアユタワにあるフォリシナイト採石場の管理。実際にシュバリアからの情報の恩恵を受けている以上、もうほっといてくれと無碍にする事もできない。そんな事をすれば核でも落とすと脅されるかもな」
「なぜそんなにシュバリアはフォリシナイトを欲しがるのですか。国の名産なんてどの国でも一つや二つはあるのに」
「俺達にとっては採石場で掘れば出てくる鉱石だが、宇宙開発に最適なんだと。宇宙線を無害エネルギ-に変えられるらしい。難しい話は分からん」
「開戦のきっかけになった、タールがフォリシナイト採石場の管理を要求してきたのって、もしかしてシュバリアが煽動していたんですか?」
「恐らくな。ディ・アーナ民の島を攻撃させたのも裏にシュバリアがいると思っている」
「……酷い」
「フォリシナイトの主な輸出国は貿易協定を結んでいるドゥマーナだ。現在アユタワの主な資金協力もドゥマーナなのは知ってるな」
「アユタワにとっては一番の友好国ですよね」
「俺達がガキの頃にあった戦争で、たまたまアユタワがドゥマーナ側に付いた時に戦況が変わったからな。何かしら恩を感じているんだろう。良くしてくれている」
「シュバリアはドゥマーナを裏切るように、遠回しに条件を出してきてるんですね」
「そうなる」
「ドゥマーナはアユタワがシュバリアから情報をもらっていた事を知っていたんですか」
「知らせてはいない。が、今となってみたら国同士の秘密なんてあって無いものかもしれないな」
「ドゥマーナからの動きは?」
「無い。協力が必要なら手を貸すというスタンスのままだ。シュバリアとの事には触れてこない」
「それに何か意図があると思います?」
「さあな。良くしてやってる国が裏で敵と密通してるのを知れば面白くは無いだろう」
「そうですね……」
「今回の戦争は、シュバリアが宇宙開発まで含めた自国強化とドゥマーナに戦争をふっかける為に起こしたものだった。同盟を持ちかけられて、そこでやっと気づいたアユタワ政府も無能の集団だな。同盟を結べばアユタワは実質シュバリア支配下になるしかない。そうすればドゥマーナも黙っていない。今度は世界大戦の始まりだ」
眉間に皺を寄せて、うんざりしたように言った。
「だらだら長く続いた戦争の終わりがこれだ」
「直接シュバリアがアユタワに戦争を持ちかけてくればそれで済んだ話ではないのですか」
「戦争が始まった頃、シュバリアは今ほど大国ではなかった。アユタワに戦争ふっかけてドゥマーナが出てくればシュバリアに勝ち目は無い。今はタールやその他の国にも裏から戦争を誘導して同盟国を増やし、どんどん金を巻き上げて力を付けていった。軍事開発も進み、今ではドゥマーナと張り合っても勝算が出てきたんだろう」
「アユタワ政府はどうするつもりなんですか?」
「保留中だ。今はまだどうなるとも言えない。世界大戦でシュバリアに付くかドゥマーナに付くか。同盟を結ぶかどうかはその選択肢みたいなものだからな」
今まで通りドゥマーナと友好国でありたいのが本音だろう。
でも、アユタワ勝利の為にシュバリアと関わってしまったが為の選択だ。
そしてそれさえもシュバリアの計算の中だった。
…………。
どっちにしても世界大国同士の戦争が始まるという訳か。
「保留はいつまでですか?」
「一ヶ月、それ以上は待たないそうだ。タールと完全に終戦条約が結ばれるのもその時まで保留だ」
「結局、戦争は終わらないんですね」
「そうだな。より胸糞悪い戦争になるだけだ」
ヒロはその事を含めて本部に話し合いに行っているのか。
食欲を無くすのも分かる。
「ジンノ大佐だったら、どうしますか?」
「俺か」
ジンノ大佐は、時間をかけて一本のタバコを吸う。
指に挟んだタバコの煙が窓の外へ流れ出て、その流れを目で追っていた。
「俺ならドゥマーナに付く」
「核が降ってきても?」
「可能性はあるな。でも、ドゥマーナとは長い間お互い友好国として来た。大きな動きを見せないにせよ、常に頼れるポジションで居続けている」
「もし、それでアユタワが壊滅状態になっても?」
「ドゥマーナとはいろいろな同盟と文化交流をし合う信頼があった。国民もドゥマーナ派が大多数になるだろう。そもそもシュバリアに情報をもらっていたなんて言えないだろうしな。アユタワは危機的状況で致命的なミスをした。それを今になって咎めて何も変わらない」
指先を重ねて、まるで祈るような仕草で言う。
「それでも、ドゥマーナには誠心誠意感謝の意は示したい」
「世界大戦でシュバリアが優勢になったとしても?」
「アユタワなんて、ドゥマーナやシュバリアに取っては珍しい鉱石が発掘されるそこそこ便利な国としか認識は無いかも知れないな。それでも命がけで戦うのならドゥマーナ側だ」
ジンノ大佐はタバコを灰皿に押しつけて、ソファに座った。
いつも肌身離さず持っているイーグルをじっと見る。
「次の戦争は砦を守っていればいいなんて悠長な事を言っている場合ではな無いな。配属は大幅に変更されるだろう」
「そうなります、よね……」
心のどこかで、また大きな戦争が始まるにしてもこの砦を守っていたら、それもそれでありなのかもしれないと思っていた。
だいたい、大佐ともあろう人が一つの砦で留まっている事事態が不自然と言われるだろう。
もっとたくさんの戦場で指揮を執らなければならない。
「申し訳ない」
「え、なぜジンノ大佐が謝るのですか?」
「俺も混乱している。今までシュバリアの情報提供を隠していた事、それによって大きな戦争に巻き込まれる事」
「ああ……、それに関しては大騒ぎする程には」
それよりもジンノ大佐がここから居なくなる方が俺にとっては大きな問題だった。
「お前は最初から国同士の争いにあまり興味無さそうだな」
「元々、争いに自体に興味はありません。ただ、俺は与えられた仕事をするだけ。それと、この砦に呼んでくれたジンノ大佐に感謝するのみです」
「お前を呼んで、俺は何度救われただろうかと思うよ」
そう言って、ソファの背もたれに深く座り込んだ。
「戯れ言だけどな」
そう言って、堅い表情にいつもの緩さが戻った。
ジンノ大佐がいつも言う戯れ言とは、多分本音を言う時だ。
「ここは居心地が良かった、ジンノ大佐もそう言っていましたね」
「ははは、忘れて良かったのに」
「忘れませんよ。解散しても、きっとどの砦兵も同じように思っていると思います」
「今はまだ、終戦という訳では無い。明日からまた演習を始める。タールが攻めてくる可能性は0じゃない」
「いいんじゃないでしょうか。実戦が無くても演習をするのは砦兵達も楽しみにしているでしょうから」
「遊び半分て所か。もう、マリアは最初の頃のように怯えながら演習に参加するような事はしないな」
「ええ、慣れなのか、みんなの腕を心から信頼できるようになったか、その両方か」
「ディ・アーナ民がマリアを女神と言っていた理由が見つかりそうだよ」
「あ、あれはただの偶然でしょう」
「俺は今、マリアからご加護をもらった気がした」
「冗談を」
「もし、俺が居なくなったら、後を頼む」
「……それは、嫌です」
「どんな理由であれ、俺がここから異動するのは間違いないだろう。頼めるのはマリアだけだ。分かるな」
「……」
嫌ですよ。ジンノ大佐の居ない砦なんて。
「シュバリアからの情報提供は今後無い、が、ディ・アーナ民達からの情報なら送られてくる。最善の作戦を指示するだけでいい」
「砦兵達には?」
「深い事情は話さなくて言い。まだ攻撃がくる可能性があると、そう伝えておく」
「……分かりました」
少しずつ世界が動いている。
俺達も変わらなければならないのだろうか。
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