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悪夢
「ジンノ大佐!!」
俺はジンノ大佐の身体の下から這い出て、呼びかけた。
「大佐! ジンノ大佐!!」
コートの背中部分は吹き飛び、生々しい火傷から血が滲んでいる。
全身コートが焼け焦げて、あちこちから血が流れ出していた。
俺にべったりと付いている血も全部ジンノ大佐のものだ。
肉の焼ける臭いと血の臭いが漂っている。
手は、足は?
繋がっているか!?
頭は!?
意識は!?
火傷と出血が多すぎる。
全身何カ所もの骨折が見える。
今すぐ輸血と全身の状態を診なければ……!
その時、上空から飛行機が飛んでくる大きな音が聞こえた。
上を向く。
見えるだけで5機の戦闘機が砦上空へ近づいていた。
あの戦闘機はタール軍のものじゃない。
シュバリアの戦闘機だ。
最悪だ……!
このタイミングで……!
……違う。
このタイミングだから来たんだ。
先ほどのタール兵に自爆装置を付けて、利用してこちらに差し向けたんだ。
その隙を突いて攻撃を仕掛けてきたんだ……!
なんて卑劣で卑怯な!
同盟は!?
いや、アユタワとの同盟なんて、そもそもただの口実で何か攻撃のきっかけが欲しいだけだったのかもしれない。
「くっ……そ!!」
うつ伏せになっているジンノ大佐は苦しそうに胸元から腕を出した。
イーグルを押し出すように俺に差し出す。
「指揮……。……お、……お前、が……」
「そ、それどころじゃないですよ! 今すぐ処置室へ……」
処置室、とは言ったものの。
今すぐ処置室へ行った所で、輸血は充分なのか、俺一人で全部対処できるのか。
目に見えている症状だけでも、もう、ジンノ大佐は、……死んでしまいそうなのに……!
シュバリアの戦闘機から、エアボーンが次々と砦に向かって降りてきている。
直接ここに来るのか!?
直接首を取りに来るつもりなのか!?
「お……、れ、の、意識が……、ある、……う、ちに……、は、やく……」
「そんな……!」
迷っている暇は無い。
分かっている。
分かっているのに、自分の今すぐジンノ大佐を早くどうにかしたい気持ちと、ジンノ大佐の願いと、周りの状況と、いろいろ混乱して、何を選んでも最悪の結果しか無いような気がして、頭がパンクしそうだ。
「お、れは……、し、死な……、な……、から……」
何言ってるんだよ!!
アンタ今にも死にそうなんだよ!!
ちくしょう!!
ちくしょう!!!!
どうしたらいい!
今ここで俺にできる事を考えろ。
今一番優先しなければならないのは……。
…………。
……ジンノ大佐、アンタが一番聞きたい言葉を言ってやるよ。
俺は差し出されたイーグルを握る。
「分かりました。俺が後を引き継ぎます。だから……」
その声を聞くのを待っていたように、ジンノ大佐は目を閉じた。
「……だから、絶対に死なないでください」
俺は受け取ったイーグルで一つの暗号をみんなに送った。
送ったと同時に、イーグルは電源が落ちたように真っ暗になった。
あの衝撃の中でなら、ここまで電子端末が生きていてくれて感謝なくらいだ。
俺は白衣を脱ぎ、それをジンノ大佐に逆向きにかけて、襟部分ですくい上げるようにジンノ大佐をおぶった。
袖を前で縛り、白衣の裾も前に持ってきてたすき掛けに縛った。
相変わらず重いんだよ、ジンノ大佐。
でも少しは鍛えたから、おぶっていってやるよ。
周りから銃の音が聞こえ始める。
みんなの狙撃の腕はよく分かってる。
だから、心配はしない。
だから、誰も死ぬな。
最後に出した暗号番号は98。
囮を守れ。
『例え敵の集団に入っても、ただ歩いているだけで砦兵達は俺の周りの敵を全滅させるだろう。遠くからでも近くからでも俺に狙いを定める敵がいれば容赦なく倒していくだろう』
以前、ジンノ大佐が言っていた言葉だ。
今はそれを信じている。
俺は間違い無く無事に、砦の中に戻る事ができる。
その後の事は……、今は考えられない。
「くっ……」
歩いていると左足に激痛が走る。
俺も何カ所かやられている。
でも、そんなのは余りにも小さな事で、もし後で足一つ失った所で、何か問題があるだろうか。
それよりも早く、少しでも早く砦へ。
銃撃の音はどんどん激しくなってくる。
そしてどんどん近くへ。
前で縛っている白衣に血が染みてきている。
どれだけ出血しているのだろう。
背中に感じるジンノ大佐の体温は温かい。
神様。
神様。
どうか、ジンノ大佐を連れて行かないでください。
いつも神様なんて信じてないけども、今はもう神に祈るしかできない。
俺の足なんていりません。
両手両足、命が無くなっても構いませんから。
だからどうか、どうかジンノ大佐を助けてください。
お願いします。
お願いします。
お願いします。
祈って、ただただ祈って祈って、祈って歩いた。
時折至近距離で破裂音、そして顔に身体に、温いものが降りかかる。
振り向かなくても分かる。
近くまで来たシュバリア兵の血か、脳ミソか、そんな何かだろう。
視界に赤いものが飛び込んでくる。
銃を構えればどこかから撃たれると分かって、接近戦でもしにきてるんだろう。
大丈夫だ。
俺は前しか見ていない。
周りに何体敵がいても、砦兵達が排除してくれる。
ここはジンノ大佐が作った亡霊の砦なのだから。
守られている。
砦兵達は役目を果たしている。
俺の、今の役目。
ジンノ大佐を、早く砦へ。
砦の中へ。
早く。
早く。
足の感覚はほとんど無い。
でも、だんだんと砦の入り口が近づいてきている。
歩けている。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫……。
やっと砦へと足を踏み入れた時、目の前が真っ暗になった。
俺は立っているのか?
それとも意識をなくしてしまったのか?
それさえも分からなくなっていると、声が聞こえた。
「砦の英雄よ。ここからは我々に任せてほしい。我々はドゥマーナ兵だ」
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