大きな国が背負うもの

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大きな国が背負うもの

 ここからの記憶は所々が曖昧だ。  俺は意識はあったものの、目の前は歪み、足はもつれ、自分がどんな状態なのかさえ把握できなかった。  数人に抱えられ、治療できる設備はあるか聞かれ、よく舌の回らない言葉で処置室とその上部にある部屋を伝えた。  気がつくとベッドに横に寝かされ、点滴と医療器具を持ちマスクをしたドゥマーナ兵達に囲まれていた。  「助けて……」  思わず漏れた言葉だった。    「大丈夫。助かります。麻酔薬投与します」  ダメだ、今ここでそれはしないでくれ。  気になる事があるんだ。  「違、う……。ジンノ、大佐を……、助け……」    ドゥマーナ兵の一人が後ろを振り返り、マスクを取って俺に何かをしゃべっている。    と、ここで意識が途切れた。  麻酔というのは当然痛みも感じないが、時間も感じない。  それが恐ろしいと思う。  目が覚めた時に、一体どれだけ時間が経っているのかが分からないから。  吐き気、頭痛。  特に頭痛。  割れる様な痛みで、意識が戻ってきた。  目に入ったのは天上にある蛍光灯。  蛍光灯は点いていないが、薄明るいこの部屋の光源はどこなのか。  ゆっくりと周りを見回す。  口元に違和感を感じて、酸素マスクが付けられているのに気づいた。    遠くも無く近くも無い、隣のベッドへの明かりがこちらに漏れて当たっていた。  ベッドの周りに手袋をした人が5人。  その周りを走り回る人が2人。  たくさんのチューブ。  輸血用の人工血液。  床に血の付いた脱脂綿とガーゼが積まれている。  手術器具の乗っている台が一つ。  いや、二つ。  人工皮膚の袋。  AED。    …………。  ……ジンノ大佐!!  酸素マスクを取り、自分の乗っているベッドから身を乗り出す。  俺にもいくつかチューブが付けられていて、それが引っ張られてブザー音が鳴る。  それに気づいた一人の女性が俺に走り寄ってくる。  恐らくドゥマーナ兵の女医か看護師だろう。  「安静にしてください。吐き気や寒気、頭痛などはありませんか?」  そんなものはどうでもいい。  ジンノ大佐は……!?    「ジ……、ノ……」  口と喉が渇いていて、うまく声が出せない。  「まだ麻酔が抜けきっていません。休んでいてください。症状は後に説明致します」  だからそれはどうでもいいんだ!  ジンノ大佐はどうなっているんだ!  ジンノ大佐のいる方へ手を伸ばす。  その様子を見て、隣のベッドへ駆け寄り執刀医らしき人と二言三言話をする。  そしてまた俺の所へ戻ってきた。  「最善を尽くしています」  そんな曖昧な言葉が聞きたいんじゃない!  ただ、一言、助かる、と、その言葉が聞きたいだけなのに!  今がどんな状態なのか、それだけでも確かめさせてくれ!  俺は自分に付いているチューブを掴んで引き抜こうとした。  が、突然力が抜けて腕が下がる。  再びベッドに倒れ込むと、女医が点滴に薬液を入れていた。  「申し訳ありません。今はこの方法しか取れないのです。ご自身の身体を安静にお願い致します」  くそっ!!  くっっっそ!!!  俺だって医者なんだ!  ジンノ大佐の状態を診せてくれたっていいだろ!!  俺は再び意識を失った。  再び意識を取り戻した時は、外からの薄明かりで部屋の物が全部ぼうっと浮き上がって見えた。  ここは、処置室か。  時計を見ると、四時。  朝の四時か。  寝ているベッドの横に誰かがいる。  椅子に座って、俺の方を向いて目を閉じて、眠っているのか……?  「ヒロ……」  つぶやいたその声に、ヒロが慌てて目を開ける。  「マリア、起きた?」  「あ、ああ……」  声が出る。    そう思っていると、ヒロはベッドの手に持っていたレシーバーにスイッチを入れた。  『はい。どうなさいました?』  「マリアが目を覚ましました」  『すぐに伺います』  そして通信は切れた。  ギィ、と音がして、上と繋がる階段とベッドが降りてくる。  そして、一人の女医が階段を降りてきた。  手術用のキャップを取り、肩まである黒髪がサラサラと落ちる。  俺の点滴に薬液を入れたあの女医だ。  電気を点け、部屋が明るくなる。  少し眩しい。  「マリアさん、先ほどは申し訳ありません。私の名はシェリーと申します」  軽く一礼をする。  「状態を拝見します。現在のご気分はいかがですか?」  状態……。  それよりも。  「ジンノ大佐は……!」  「一命は取り留めましたが、まだ予断を許さない状況です。24時間体制で監視しています」  「俺も……」  身体を起こそうとすると、シェリーに肩を抑えられる。  「マリアさんは肋骨骨折、膝蓋骨骨折、また腎臓破裂の手術、爆風による複数箇所に負った外傷の縫合などを行っています。しばらく安静が必要です」  「…………」  「ジンノさんは我々が必ず助けます。彼を失うのは我々にとっても甚大な損失です」  シェリーはじっと俺の目を見て話をする。  礼儀正しい話し方ではあるけれど、瞳の奥から《信じて欲しい》という意思が見えるように感じた。  こういうのが説得力のある目、と言うのか。  「……分かりました。何かあれば必ず教えてください」  「はい。お約束します」  シェリーに診察をされながら、やっと冷静に考える事ができるようになった。    そうか、俺はタール兵に仕掛けられた自爆にジンノ大佐と巻き込まれたんだ。  そしてシュバリア軍が空からやってきて……。  ジンノ大佐を背負って砦に戻ってきて、そしてドゥマーナ兵が……。    ドゥマーナ兵が?  なぜ?  「なぜ、ドゥマーナ兵がこの砦に?」  「それは……」  「あ、いいです。それは後で俺から説明しますから」  シェリーが説明を始めようとした所をヒロが止める。  「そうですか。ではヒロさんにお任せします」  シェリーはとても手際良く俺の症状を診て、消毒をし、包帯を巻き、胸にサポーターを施した。  その動作を見ていて、ものすごく有能な人なんだろうと思った。  「今来ているドゥマーナの医師達は、みんな貴女、シェリーのように優秀なんでしょうか」  「いいえ。私よりもっとずっと優秀な医師が揃っています」  「もっと、ずっと、ですか?」  「はい、ですから、安心してください」  そう言われて、ようやく大きな呼吸ができた。  そして同時に胸に痛みが走る。  「……っ」  手で胸を覆うサポーターを押さえる。     「肋骨は骨折2本、3本にヒビが入っています。深い呼吸は痛むと思いますので、しばらく苦しいかも知れません」  「そ、そうですね……」    「痛み止めは出しておきます。2錠を6時間以上開けて飲んでください。どうしても辛いようでしたら局部的な痛み止めを打ちますのでおっしゃってください」    「はい……」  「では、私は戻ります。何かあればすぐに連絡を入れてください」  そう言って、上へと続く階段を上っていった。  部屋にはヒロと俺だけになる。  そしてすぐにヒロが俺に耳打ちをしてくる。  「あのシェリーって女医、ちょっとキツそうだけど美人だよな」  いきなりそういう話になるのか。  さすがヒロだよ。  「奥さんにチクるぞ」  「そりゃあ嫁も子供も俺にとっては最愛最高の家族だよ。でも美人を美人と思うのは自由じゃない? 黒髪ってのもまたいいよなー」  「お前って奴は……」  コイツは見た目だけじゃ無く、中身もチャラ男なのか。  「そんなシェリーに担当してもらえるなんて、羨ましー」  「あのな、今はそれどころじゃないだろ。何があったのか教えてくれよ」  「そうだな。……どこから話そうか」  そう言って、顎に手を当てて考える。  「あ、ドゥマーナ兵がイーグル直して、俺達に情報送ってくれたんだよ。余りにデタラメな暗号だから、どうしたらいいか混乱したよ」  「いつまで配置に就いてたんだ?」  「夜中。敵の気配も無いし、砦に戻って大丈夫だとは思ったけど、そのデタラメな指示が来なかったから全員今も潜伏していたよ」  「全員、無事だったのか?」  「当然だろ。俺達を誰だと思ってる」  「どこから攻撃が飛んでくるか分からない見えない亡霊、だな」  「そう、それそれ。マリアとジンノ大佐の状態は見ていて分かってたよ。きっと誰もがすぐに飛び出して行きたかったと思う」  「それをしないのはジンノ大佐の教育が行き届いているからだな」  「今まで演習も実戦も、ある程度は自分達で行動を起こしてた。でも今回は途中から違ったからね。どの砦兵も焦っていたと思うよ」  「……俺がジンノ大佐を背負って砦に来るまで、辛い戦いを要求していたな、済まない」    「いいよ。ただ、それ以降の指示が来ないから、そっちの方も混乱したよ」  「指示は1つしか出せなかった」 でも、それ以上の指示も出す事は出来なかったと思う。  「そうみたいだね、でもさ、あの時はあの作戦以上の方法は無かったと思うよ。マリアは一番最善の方法で指示を出したってみんな思ってる」  「……ありがとう」  「まぁ、でもそれ以降指示待ちで動けなくて、タカヤなんて漏らしてて、早速ネタにされたよ」  ははは、とヒロは笑う。  ジンノ大佐が何回も言っていた、みんなを誰一人失うつもりは無い、その約束は果たされた。  良かった。  本当に。  ここで本題にはいる。  「なあ、なぜここでドゥマーナが出てきたんだ?」  「それね、ドゥマーナはずっとシュバリアが動くのを待っていたそうだよ」  「シュバリアが? それならもっと先に先制攻撃をしかけても良かったのに」  「俺はさ、世界一の大国の考える事はあんまりよく分からない。それでも、積極的に戦争に加入してこなかったのは、大きな国が動くと、それに付随した他の国がまた動き出す。ジンノ大佐が心配していた世界大戦の始まりだ」  「つまり……」  「シュバリアが直接攻撃を仕掛けてくるような事が無ければ、ドゥマーナは動くつもりは無かったんだよ」  「シュバリアが動いたから、ドゥマーナはアユタワの味方として駆けつけてくれたと、そういう事なのか?」  「そうだね」  俺も同じだ。  大きな国は何を考えているのか、俺達凡人には分からない。  「エアボーンが降りてきた時、いろいろ絶望したよ。ジンノ大佐も砦も、もう終わりかって」  「あの落下傘部隊ねー。久しぶりに見たよ」    「廃墟になっている砦を破壊するよりも、ジンノ大佐一人の首が欲しかったんだな」  「だろうね。でも、マリアのおかげで全員が助かった」  「全員、と、言えるのか……?」  「……大佐の事?」  「……」  「それは……、あの人が自分から選んだ道だから仕方ないよ。それに、きっと戻ってくる」  「……そう、信じたい」  「そうそう、心配事の一つだった、アユタワがシュバリアから情報をもらっていたってアレ」  それを聞いて背筋が凍る  もし、それがバレてしまったら……。  ジンノ大佐を助けようとしてくれているのに。  「あ、そんな深刻な顔しないで。ドゥマーナは知ってたよ。全部」  「まさか……。それなのに、なぜ俺達を助けにきたんだ?」  「知ってたから助けに来たんだよ」    「……ごめん、意味が分からない」  「知ってて、泳がせていたんだと思う」  「どういう意図があって?」  「さっきも言ったじゃん。大きな国は何を考えているのか分からないって」  「そうだったな」  「結局、シュバリアそのものが動き出すのを待っていたんだよ。情報をもらってアユタワ有利で終わればそれはそれで良し。だけどさ、シュバリアは絶対にそれを利用しようとするだろうから」  「直接手を下せる機会を待っていたと?」  「多分ね。シュバリアが動いた情報が来てすぐ、ドゥマーナは砦に駆けつけてきた。そこでちょうどマリアと大佐を見つけた。そんな感じみたいだよ」  「……そうだ、じゃあ、攻めてきたシュバリア軍は?」  今この静かな空間。  外にシュバリアに来られては何をされるか分からない。  「シュバリアは撤退したよ」  「ドゥマーナが迎撃したのか?」  「いいや、そこはさ、俺達の腕だ」  そう言って、ヒロは自分の腕をバシバシと叩く。  「マリアの指示通り、攻撃態勢に入る敵は全部倒した。戦闘機もそれ見て撤退したみたい。あんなに大量の敵を前にしたのは久しぶりだったから、みんな興奮してたよー」  全く、とんでもねぇ集団だ。  だけど。  「……ありがとう。みんなに任せれば、絶対に砦まで戻れると信じていた」  「あったりまえだろー」  そして、ヒロは軽く俺の頭を引き寄せ額を合わせた。  「マリアが無事で良かった……。俺達は敵は倒せるけど、それ以外の事は本当に何もできないと痛感した」  「ヒロ……」  「マリアも大佐もどうなったのか。長い時間待機していて、それだけが心配で、心配で、生きた心地がしなかった……」  軽く背中に手を当てると震えている。  泣いているのか……?  「ごめん……」  俺の服を握る手に力が入り、少しして身体を離した。  泣いてはいない。  目が真っ赤になっているのは寝不足のせいなのか。  「今日はさ、もらった痛み止め飲んで、とりあえず寝た方がいい。明日はうるさいのがきっと来るからさ」  「ああ、そうだろうな」  キラ、タカヤ、砦兵達。  今は明け方だ。  寝ているのか、それとも部屋で不安と戦っているのか。  「先に、無事だと伝えておいてくれよ」  「了解。俺も寝るよ」  「疲れただろ。今はゆっくり休んでくれ」  「あ、そうだマリア、ドゥマーナ医師団の伝説知ってる?」  「いや、聞いた事無いな」  「死体でも生き返らせるって」  「そんなまさか」  「そうなんだけどさ、それだけ有能な人達が集まってるんだって」  「……それは、凄いな」  「だからさ、大佐の事は任せてマリアはゆっくり休むんだよ」  「……分かった。おやすみ」  「おやすみ」  そう言って、処置室を出て行った。  その姿を見送って、ベッドに体重を預ける。  寝返りをうとうとすると、全身激痛が襲う。    この痛みじゃ、眠れそうに無いな。  サイドテーブルに置いてある痛み止めを飲み、身体を横たえた。  死体も生き返らせる、か。  確かに凄腕の医師達の集まりなんだろうな。  医師団を信じて祈るしか無い……。 また、祈るだけか……。  ああ、そうだ。  大事な事をしていなかった。  ドゥマーナにちゃんと礼を言っていない。  暴れて困らせて、助けてもらったのに。  こんなんじゃ、ジンノ大佐に怒られてしまうな。  痛み止めはよく効いて、気がついたら眠りに落ちていた。  次の日、周りで聞こえる声で目が覚めた。  「お前の包帯の巻き方下っ手くそなんだよ」  「気に入らないなら自分でやれよしょんべん小僧」  「あ!? お前だってな、同じ状況なら漏らしてたからな!? 生理現象なめんな!」    「静かに。マリアが起きちゃうだろ」  起きてるよ……。  起きてるし、誰が何を言ってるかもだいたい分かる。  「みんな……」  そう言うと、三人が一斉にこちらを向く。  「マリア!」  上から飛びつくようにタカヤが抱きついてくる。  そして激痛。  「い、痛……、タカヤ、マジで痛いから……」  ヒロがタカヤの襟を掴んで引きはがす。  「こら、マリアは重傷だって言っただろ! 落ち着け」  「うああーーーーん、マリアちゃん起きてくれたーーーーー!!!」  そう言ってベッドに突っ伏して泣き出すキラ。  「大袈裟だよ……」  大袈裟だけど、きっと俺と俺の母親を重ねているんだろう。  口には出さないけど。  「大丈夫だから。俺生きてるから」  そう言って、キラの腕に手を伸ばすと、思い切り握ってきた。  い、痛ぇ!!  コイツは加減てものを知らないのか……。  「う、ううう……、ひぐっ……」  本格的に泣き出した。    やれやれといった様に、ヒロがタカヤの後襟を掴んだまま聞いてくる。  「マリア、どこか具合の悪い所は無い?」  「あったのかもしれないけど、タカヤのおかげで肋骨の痛みしか分からなくなったよ」  「おっ、俺のおかげかー、俺もたまには役に立つじゃん」  「そっか、この馬鹿はほっといて、とりあえずシェリー呼ぶね」  そしてレシーバーで俺が目を覚ました事をシェリーに告げた。  すぐに降りてくる階段、そしてシェリー。  その姿を見ると、タカヤがヒロの腕から抜け出して駆け寄っていった。  「大佐は? まだ会えない? まだ……」  今にも飛びかかりそうなタカヤにシェリーは手の平を見せて制する。  「お静かに。マリアさんの診察をさせてください」  「……はい」  おお、あのタカヤが一瞬で手なずけられている。  もうタカヤが調教された犬にしか見えねぇ……。  シェリーは近くまで来ると、ずっと泣いているキラの前で足を止める。  「この方は?」  「あ、邪魔ならどけますよ。害は無いと思いますが」  ヒロがそう言って、キラの襟に手を掛ける。  「いえ、害がないのでしたら構いません。暴れるようでしたらその時にお願いします」  完全に獣扱いだな。  否定はしないけど。  「マリアさん、血圧を測りますね。痛み止めは効きましたか? 途中で起きてしまうようでしたら睡眠薬も処方できます」  「痛み止めはよく効きました。あの、症状とは関係ない話でもいいですか?」  「どうぞおっしゃってください」  「……いろいろ、ありがとうございました。俺だけではジンノ大佐も、砦兵みんなも、自分も助けられなかった」    そう言うと、シェリーは初めて少しだけ微笑んだ。  「いいえ。私達はアユタワにもジンノさんにも恩があります。お気になさらないでください」  「ジンノ大佐個人にも、ですか?」  「はい」  言われてみれば、ジンノ大佐を失う事はドゥマーナにとっても甚大な損失って言っていたよな。  確かにジンノ大佐はドゥマーナに対して終始友好的だったけど。  考えていると、シェリーが言った。  「ディ・アーナの民と申し上げればお気付きいただけるでしょうか」  「ディ・アーナ民が?」  トーレス達がドゥマーナと何か関係があるのか?    「ディ・アーナの民は私達ドゥマーナのルーツなのです」  「えっ? ルーツって……」  「彼らはドゥマーナ人の祖先なのです」  マジかよ……。  「ジンノ大佐はそれを知っていたのですか?」  「いいえ、ディ・アーナの民は星と会話をしながら独自の進化を遂げてきました。その解明を私達が依頼されたのです。その結果、先祖から受け継がれていたドゥマーナ独自のDNAと一致していました」  「ほほおぉ……」  おっさんみたいな返事になってしまって少し恥ずかしくなった。  そんな繋がりがあったなんて。  「残念ながら私達ドゥマーナは文明を作り過ぎてディ・アーナの民の持つ力は失ってしまいました。今後できる限りディ・アーナの民の意思を尊重しつつお護りしたいと思っています」  「それは是非、お願いします」  良かった。  これでトーレス達も救われる。    その会話を聞きながら、タカヤはいろいろな人の顔を見て不思議がっていた。  「後で教えてやるから落ち着け」  ヒロにそう言われてゲンコツをくらっていた。  キラは……、相変わらず泣いている。       その時、ノックと共に一人の男性が処置室に入ってきた。  軍服の肩と襟に付いている階級章は金糸に赤の六芒星が三つ。  どこかで見た事があるような、有名な人、だったか。  その姿を見て、シェリーはすっと立ち上がり敬礼をした。  「ユーリス大将、お待ちしておりました」  大将って、……大将!?  ドゥマーナの大将がなぜここに!?  いつの間にかヒロも敬礼をしていた。  「アユタワ砦兵兵長ヒロ、ユーリス大将お久しぶりです」  ……!?  ヒロも顔見知りなのか!?  見ていた俺とタカヤも慣れない敬礼をする。  肋骨が痛むがやむなし。  キラ、泣いてないでお前も気づけよ!  ユーリス大将はなだめるように全員に敬礼を止めるように促す。  「堅苦しいのはいい。ヒロ砦兵兵長、皆も直ってくれ。シェリー中将、こちらへ」  シェリー……、中将!?  中将だったのか……!   「はっ」  返事をすると、敬礼をしたままシェリーはユーリス大将の隣へと移動した。  ユーリス大将は帽子を取り、一度胸の前に持ってくる。  「君たちにも話したい事があるのだが、まずはジンノ君へ挨拶がしたい、いいかね?」  「はい、是非声を掛けてやってください」  ヒロはそう言って、軽く敬礼した。  「マリアさん、少し外します」  シェリーも一緒にユーリス大将と上へ上がっていった。  ジンノ大佐……。  今どんな状態なんだろうか。  できる事なら俺も行って、顔を見たい。  せめて顔を見て、息をしていて、心臓が動いている所を……。  今にも飛び出していきそうな気持ちを何とか抑える。    自分が無謀に暴れるよりもドゥマーナ医師団に任せていた方がいいのは分かっているんだ。  俺は……、なんて無力なんだ……。  「マリア」  ヒロに声を掛けられてはっとする。  「不安だよね」    「……俺には、何もできなくて……」  そう言うと、ヒロが俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。  「マリアの毛って柔らかいよね」  「これは、……母親譲りだから」  「マリアがいなかったらさ、大佐はもうここにはいないよ」  「……」  「マリアを大佐の監視に付けておいて良かった。いっぱい怪我しちゃったけどさ、今回の英雄はマリアだよ」  「……俺、どうして、こんな……、こんなで……」    もどかしさで頭を抱えて髪を思い切り握る。  ジンノ大佐に、俺はどれだけのものをもらっただろう。  どれだけ信じてくれていたんだろう。  最後までずっと、ずっと俺を信じて託してくれていた。  俺はそれに応えられたんだろうか。  少しでも返す事ができたのだろうか。    どうやって感謝を伝えたらいいんだろう。  擦り切れそうになっていた俺を、全部救ってくれた恩をどう返したらいいんだろう。  「……ヒロ、俺は、ジンノ大佐に何も返せていない……」  「そうかな? 大佐がマリアに贈ったものを俺達はもらったよ。大佐はそれを一番望んでいただろうから」  「でも俺は……、結局ただ、祈ったりすがったりするしか、できない……」  「そんな訳ないでしょ。今全員が生きてここにいるんだから」  「それは……、みんなが頑張ってくれたからで……」  「違うよ、マリアのおかげだよ、俺達を信じてくれてありがとうね」    それからしばらくして、ユーリス大将とシェリーが降りてきた。  そして俺達の前にくると、跪き床に手を付く。  「砦の英雄達に、感謝の意と謝罪の意を述べたい」  その光景に、全員が一瞬ポカンとする。  そして、ヒロが慌てて二人に駆け寄る。  「ちょ、ちょ、ちょ、な、なっ……、頭を、頭をお上げください!」   必死にユーリス大将を立ち上がらせようとするが、ビクともしない。  「我々は、来るシュバリアとの対戦に慎重になっていた。確実に落とす為に。その間、アユタワ兵には想像を絶する苦痛を強いてしまった……。今後の保障でも償いきれない程に」  「それは……、その、ドゥマーナ程の大国がそう簡単に手を出てしまったら、その、世界が混乱しますから……」  ヒロも本当は言いたい事はいろいろあるのだろう。  もっと早く助けて欲しかったのと。  助けが無ければ犠牲を出してしまうという、自国の弱さと。  何をどう伝えて収集をつければいいのか分からない。  俺は一番気になる事を聞いた。  「ジンノ大佐の状態を、教えてください」  そう言うと、シェリーがユーリス大将に目で合図をし、シェリーが説明を始める。  「ジンノさんは一命は取り留めましたが、未だ呼吸も血圧も乱れていて、またいつ蘇生処置が必要になってもおかしくありません。火傷、外傷、出血で深いショック状態に陥っておりましたので、現在ではこれが精一杯です」  その言葉に全員が固唾を飲む。  「回復に向かうには、あとはジンノさんの生命力に賭けるしかありません」  生命力……。  生きる力……。  「ジンノ大佐は、俺は死なないと言っていました。自分が死ぬと悲しむ人がいるから死なないと、言っていました」  俺がそう言うと、シェリーは少し安心したように言った。  「その言葉、……生きるという意思は、どんな治療よりも力になると、私は思っています」  そこにユーリス大将が入ってきた。  「私の知っているジンノ君はもう少し冷めた人生観を持っていたように思っていたが、……生きる意味を見つけたのだな」  「生きる意味を見つける為に、生きるんです」  「そうか」  ユーリス大将はそう言って、立ち上がる。  「まるで発破を掛けられたようだ。ここで嘆いていても始まらないな」  そして、深呼吸をして体制と整えて言った。  「これよりドゥマーナはシュバリアに宣戦布告を行う。アユタワの安全は我々が預からせてもらう」  宣戦布告……!?  「世界大戦が始まるのですか……?」  ヒロが震えるようにそう聞く。  「いいや。目標はシュバリアのみ。短期集中決戦、犠牲は最小限で行う。軍事施設は徹底的に潰し、降伏のみ受け入れるものとする」  「軍事力世界一のシュバリアですよ。そう簡単に降伏は……」    「シュバリアは少々我々を甘く見ているようだ。今まで何もしていなかった訳ではない。陸上、海上、航空の特別部隊それぞれ10万ずつ招集、量子ホログラムを使った大型装甲戦闘車両、大型戦闘機、超大型戦艦で撹乱させ衛星120機からも一斉攻撃、電磁波攻撃で通信機器の遮断、ハッキングし情報網を全てこちらへ移し操作を行う」  …………。  デカい国って、大人しそうに見えてやっぱり怒らせると怖いんだな……。  「世界を巻き込む事などせん。それが大きく力を持った国の役目だ」  ユーリス大将はそう言って、敬礼して処置室を後にした。  立ち上がり敬礼をして見送るシェリーを見て、俺達も慌てて敬礼をする。  こういうのを見ると、この砦の中は相当緩い仕来りだったのだなと思う。    ユーリス大将が出て行ってから、それまで空気だったタカヤが話し始める。  「大佐は生きてるんだろ? あとは元気になるの待つだけなんだろ?」  その突然の質問に、全員が一瞬固まる。  コイツ、さっきの話の内容をすっ飛ばしすぎだろ。    タカヤを見て、シェリーは笑い出した。  「フフフ、そうです。ジンノさんはこれから元気になるのを待つだけです。クスクス」  シェリーはこんな笑い方もするのか。  子供をあやす母親みたいだ。  「だよな、大佐が死ぬわけねーもん。戦争も終わるし、後は大佐が元気になるの待ってればいいんだろ?」  「ええ、そうです。クスクス」  時に馬鹿は人を救う。  俺も今まで何度も助けられたな。  ヒロも同じ事を思っていたようで、犬をワシワシ撫でるようにタカヤの顔を揉みくちゃにしていた。  「シェリー、お願いがるのですが」  「はいマリアさん、何でしょうか」  言おうか言うまいか悩んでいた事があった。    「我が儘を承知で、ジンノ大佐をこの砦に置いていただけないでしょうか。俺も、拙いですが医学の知識はあります。俺も一緒にジンノ大佐の回復をお手伝いできないでしょうか」  シェリーは俺の言葉をかみしめるように、胸に手を置いて言った。  「ここの方々は本当に自由で、ジンノさんの愛情に包まれていますね」  「ジンノ大佐が全部作り上げてきた、……家族、みたいなものですから」  「分かりました。マリアさんのご希望通りにさせていただいます」  「ありがとうございます……!」  「私達も長くここには居られません。現在はジンノさんの救命を最優先させていただいておりますが、ある程度の回復が見込めるようになりましたらマリアさんに全てお渡しいたします」  「はい!」  「なので、まずはマリアさんがご自身の身体を早く治してくださいね」  「はい!」    大きな国というのは、何を考えているのか分からない。  でも、ジンノ大佐がドゥマーナに尽くしたいと思っていた気持ちが分かったように思う。  
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