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夢と訪問者
部屋はすぐに見つかり、重い重い荷物を置く。
中身は変わっていないはずなのに、こんなに重く感じるなんて。
「はぁ……」
ため息をついてベッドに腰掛けた。
そしてそのまま仰向けにベッドへ倒れ込んだ。
なんだろう……、すげぇ疲れたよ。
地下迷宮も疲れたし、歓迎会とか襲撃とか、その後もいろいろ頭がついていけねぇ……。
11番目の砦は特別な場所なのは分かっていたけどさ。
それはもっとダーク方面かと思ってたから。
ギャップに頭がパンクしそうだ。
目を閉じる。
寝不足な上、体力消耗、突然の襲撃の緊張と、その緩和。
このまま寝てしまいそうだ。
身体がベッドにどんどん沈んでいく。
だいたい、あいつら歓迎会と言いつつ自分たちが宴会したいだけじゃねーか。
少しくらい眠ってもいいだろうか。
(この人があの軍医の息子??)
(自分も医者になれる神経疑うわ)
(だって、敵も味方も分からない人なんでしょ?)
止めてくれ……。
(あの死んだ看護師、どこの国の人? あの貧乏な西の方にある国の人じゃない?)
(それでね、国籍が欲しくて結婚したんでしょ)
(わざわざ看護師にまでなって医者に近づくなんて怖いわぁ)
もう止めてくれ……!
(別に医者の肩書きが貰えたからそれで満足なんじゃない?)
(研究室追い出されたって聞いてたから、そういう人なんでしょ)
なぜ、なぜ誰も分かろうとしない!?
俺は患者を助けたいと思っているだけなのに!
(ほら、あの細長い金髪の先生、また勉強してる)
(そりゃまだ医者になって間もないから、何もさせてもらえないんでしょ?)
(ううん、もう危ない患者だけ回されてるらしいよ)
暗い。
暗い暗い闇の中。
「マリア! おい、マリア!」
「……っ!!」
俺を呼ぶ声に、はっと目を開き、夢の中にいた事を知る。
呼んでいたのはヒロだった。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
着ていたシャツが汗で濡れて肌に張り付いている。
嫌な夢だ。
……実際には、夢ではないんだが。
「マリアってすごいうなされ方するね」
「え、そ、そうでしたか……?」
言いながら、顔に張り付いた髪をかき上げた。
「いつもそんなんじゃ疲れない?」
「いつもではないです。それに、砦兵達の方が余程疲れるでしょう」
「うーん、まぁ、どうなんだろうね」
ここで荷物置きに来て眠ってしまった事を思い出した。
「あ、食堂に戻らずに寝てしまって、すみません」
「いいよ。みんな騒ぎたいだけだから」
「今からでも間に合いますか?」
「もう終わってるって。今は就寝時間過ぎてるよ」
「え、あ、すみません……」
「それより、シャワーでも浴びてきたら? 汗凄いよ?」
「……すみません」
初日から何をやってるんだ俺。
初日から、役立たず、か。
「そんなに謝らないでね。何かあるんだろうけどさ、まずはさっぱりしてきなよ」
「はい……」
「シャワーの場所分かる? あ、この部屋は備え付けなんだっけ」
「そう、聞いています」
「そっか、行っといでー」
「はい」
必要な道具を持って、重い足取りでシャワー室へ向かう。
そうだ、こんな時間になんでヒロがいたんだ?
ふと疑問に思う。
もしかして気にして来てくれたのか?
初日から厄介者になるとは。
砦兵長になると俺の面倒まで押し付けられるのか。
もやもやする胸に拳を押しつける。
ここではいろいろリセットしてうまくやっていこうと思っていたけど。
最初がこれじゃ、もう無理か……。
シャワーで汗を流し、部屋へ戻るとヒロはまだいた。
そして。
「ねーねー、エロ本の一つも持ってきてないの?」
「え、ちょっ……! 何してるんですか!」
ヒロは俺の荷物の中を漁っていた。
慌ててヒロを荷物から引きはがす。
「健全な男子の必需品でしょ」
「そんなもの、持ってくる訳ないじゃないですか」
「別に変じゃないと思うよ?」
「俺は軍医としてここに来ているのであって、そういう類いのものは必要ないですから!」
「息抜きも必要だよー。初日から恐縮しすぎ」
「それは……、その、俺は……」
何て言ったらいいんだろう。
うまく言えるか分からないけど、多分こういう事だ。
「みんなを、失望させてしまうから……」
「失望? みんなが? 何で?」
「……遅刻して、敵が来て、何もできる事がなくて、しかも、気づいたら寝てしまっていて……、その……、こんなみっともない所まで見せてしまって……」
「なるほどね。うーん、それ、全然ダメ」
「……分かっています」
「いや、分かってないね。そんな事、誰も思ってないよ」
「そうで、しょうか。その、何か期待されているようですし、でも、俺はそんな人間じゃないと、よく分かったでしょう……」
「あー、確かに悩み抱えてそうかな。でもさ、それはそれとして、100%みんなマリアを信頼してるよ」
「それは、どうしてでしょうか」
「言ったじゃん。マリアってジンノ大佐に引き抜かれたんでしょ?」
「そうですが、数ある候補の一人だっただけで」
「いやいや違うよ。マリアしか誘ってないよ」
「そんな、まさか」
「で、分かった。マリアって多分、ジンノ大佐とちょっと似てるんだよな」
「えっ」
「うーん、何だろう、うまく言えないけど。あー、でもね、それだけじゃなくて、マリアが凄く真面目で優しいだろうな、ってのは分かる」
「どの辺りがですか?」
「まず、敬語のまんま」
「新人ですから、敬語なのは当然でしょう?」
「そういう相手ならね。俺たちみんな友達、いや仲間かな、だから、そういうの気にしないでいいんだよ」
「ジンノ大佐にも、ですか?」
「そうそう、あの人も所々クソ真面目だけど、そういうのは気にしてないし、うーん、うまく表現できないけど、愛って奴?」
「……愛?」
「あ、今ちょっと引いたな! そういうのじゃなくて、俺らみんなを見守ってるみたいな、そんなニュアンスな」
それは、いいのだろうか。
今まで上下関係は嫌と言うほど叩き込まれてきたから、いきなり言われても慣れない。
「今の砦兵ほとんどは大佐がどこかから拾ってきた兵士ばっかりなんだよ。何か思う事があって連れてきたんだろうけどさ、なぜかみんな狙撃の腕がスゲーの。元々上手かったのは分かってるんだけど、大佐の指導受けると別人みたいに上手くなるんだよね」
「元々凄腕スナイパーだけを引き抜きしていたのでは無いんですね」
「素質はあったんだろうね。それでもなぜか大佐の下に入ると実力以上の力引き出せてるような気がするよ」
「ヒロも?」
「俺は最初からいたよ。引き抜きって言うより、砦任されるから来てくれないかって言われて。それなりに付き合いは長いよ」
「それで砦兵長になるなら、かなりの実力者なんでしょうね」
「お、持ち上げてくれるね! でもこの砦兵の中じゃ普通かな。それより、俺は人間観察の方が楽しいしなー」
「そっちの意味で砦兵長なんですね」
「そう、俺はどっちかって言うと大佐含めてみんなの行動を観察するのが仕事だね」
「それで、俺が歓迎会に来なくて、部屋に来てくれたんですか?」
「気にするなよー、俺好きでやってる所あるから、全然嫌じゃない」
「そう言っていただけると、助かります……」
「マリアは真面目で、あと繊細だね! リラックスしようよ。初日は誰でも緊張するよ」
「恐縮です……」
「恐縮しないで。タメ口で話してもいいんだよ?」
「それは、追々……」
「ここにいる奴らって、どっかスネに傷を持ってる奴多くてさ。分かりやすく言えば人の気持ちに敏感、ていうの? それと自己否定の強い奴ばっかり」
「自己否定ですか……」
それは、いい意味でとっていいのだろうか。
自己否定が強いと、自信も無い、失敗ばかりになる。
「最初はね、そうだけど。しばらくここに居てみなよ。誰もマリアを責める人なんていないと思うよ」
「……」
そんな事あるかよ。
俺の両親の話したら、きっと態度が変わるに決まってる。
それこそ、アユタワの為に戦っている人なら間違いなく。
敵を助ける軍医の息子だと。
言葉につまってしまった俺にヒロが思いついたように話しを変える。
「そうだ、まだこの砦の事あんまり知らないでしょ。知らないと不便な事あるから教えてくねー」
「あ、そういう事でしたら是非」
「ここの住居は全部地下にある。砦で生活できるのは大佐のみ」
「それは、ジンノ大佐だけが住んでいると思わせる為ですよね」
「そうだね、俺達は地下にいる間は自由、超自由」
「はい」
「上に上るのは壁の間にある階段のみ。砦全体には温度を感知させない特殊加工がされてるから、たまには砦内に入っても大丈夫。いつ敵が温度感知できる衛星を打ち上げるか分からないからだって」
「徹底してますね」
「タールはシュバリアと軍事契約結んでるからね。いつそういうの出てきてもおかしくないから」
シュバリアは、現在の軍事改革に置いては世界一と言われている。
いろいろな国と軍事契約を行っているのでタールだけ優遇するとは限らないが、何か見返りさえあれば協力するだろう。
その懸念て事か。
「ここは砦というより特別施設って方が合ってるのかもしれないな。うーん、違うか、亡霊のいる廃墟って方が合ってるのか」
「そういえば、今日の敵襲では何が起こっていたのでしょうか。負傷者が誰も出ないなんて」
「ああ、それは俺たちは敵に見えない所から攻撃してるからね」
「ああ、見えない亡霊でしたね」
「そうそう、各自外に出る抜け道は用意してあるんだよ。自分だけ知ってる抜け道を自分で作ってる」
「それはなぜ?」
「もちろん、誰にも見られないようにだよ。砦の内部にもあるけど、外にも作戦ごとに身を置いている場所がある」
「温度感知されるのでは?」
「今の所大丈夫かな、みんな自分で安全そうな道作ってやりたいようにやってるから」
「なるほど……」
凄いな。
そんな場所に俺がいていいんだろうか。
「ちなみに、作戦はそれぞれ暗号で呼んでる」
「もしかして、今日ジンノ大佐が言っていた、確か、まる、でしたっけ?」
「よく覚えてるね。でも毎回暗号は変わるから、今日の分は忘れちゃっていいよ」
「それは、敵が来る度に?」
「いやいや、毎日だよ」
「毎日!?」
「今日はタカヤが担当して、図形シリーズだったな。つまんねー暗号だよな。まるとかさんかくとか、小学生かよって」
そう言ってヒロは笑い出した。
「いつもはどんな名前で?」
「いろいろだよ。国の名前、コーヒーの銘柄、電圧の単位とか、星の名前とかな」
「それが毎日変わるんですか?」
「そう、順番に決める担当は変わる。キラとかさ、過去に愛した女の名前シリーズにするって、全部アニメキャラ出してきてさ」
またヒロは笑った。
「マリアの担当の時もあるからよろしくな」
「えっ!?」
「10個あれば大丈夫。それ以降は組み合わせでどうとでもできるから」
こ、これも荷が重いだろ……。
「センスが問われるよな、それはすっげぇ期待してる!」
「い、いやいや、なんで俺が……」
「そりゃマリアも仲間の一人だからさ」
胃が痛くなってきた……。
「暗号が届くのがクロウって装置。明日大佐からもらえるだろうから常に身につけておいて」
クロウ? 装置……?
「俺たちみんな持ってる」
「もしかして、宴会中みんながいきなり止まった時って」
「そう、合図が来たからだね」
「なるほど、俺はどこか違う世界に紛れ込んだかと思ったよ」
ヒロは笑い出した。
「あははは、そうかそうか、確かに一瞬で空気変わるよね、知らないとそう見えるんだなー」
事前にある程度の事はジンノ大佐から聞いていたけど、ここにはまだ覚えないとならない細かい事がたくさんあるのか。
「そんな訳。こういうのはだんだん分かってくるだろうからすぐ慣れる。今は気にせずゆっくり休むといいよ」
「……分かったよ」
「じゃあな、おやすみ」
「おやすみ」
ヒロは軽く手を振って出て行った。
「ふぅ……」
深呼吸をすると、いつの間にか気持ちが楽になっている事に気づいた。
そうだ、ヒロも本当は寝ているはずの時間だったんだろう。
それでも心配して来てくれたのか。
俺、お礼も言えてないな。
いつの間にかリラックスして話できていたし、ヒロは人とのコミュニケーションが上手いんだろう。
申し訳なさと少し嬉しかったのと、なんとも言えない気分になりながら、ベッドに横になって目を閉じた。
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