ジンノ大佐の秘密

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ジンノ大佐の秘密

 砦兵とも気さくに打ち解けるようになっている中、俺はジンノ大佐とだけはどうしても距離が縮められない事が気になっていた。  ジンノ大佐はほとんど砦内に居て地下に来ることは少ない。  ほとんど交流する事ができず、姿を見るのは朝のミーティングとモニター越しだけだった。  ジンノ大佐ともう少し話をしてみたい。  そう思うようになるのは当然だと思った。  みんなの話を聞いているとジンノ大佐への絶対的な信頼がある。  そして俺も、この場所を与えてくれたジンの大佐がどんな人なのかもっと知りたい。  当然、尊敬はしているし、今までの上司には感じた事のない感謝の気持ちがある。  でも、命をかけて戦場で一緒に戦っている仲間同士でないと生まれない何かが、俺だけには無いような気がするから。  ここに来た当初はただ、仕事さえしていればいいと、それ以外は静かに過ごしたいと思っていたはずだった。  ましてや上司に当たる人と話がしたいだなんて思う事など今まで無かった。  それがここにいると、そんな欲求が不思議と湧いてきた。  「なぁ、ジンノ大佐っていつも一人で砦内にいるんだろ?」  夕食時、となりにいるキラに話しかけた。  「そうだな。そういう役目だから仕方ねーよ」  そこにタカヤが入り込んでくる。  「俺はもっと大佐と濃密な関係になりたいと思ってるんだぜ。でも、あんまり迷惑もかけたくないし」  タカヤでも気を遣う事なんてあるんだ……。  「それって、ジンノ大佐だけじゃなくて俺たちにもそう思ったりしないもん?」  「思ってるよ! 仲間じゃん」  そう言って笑顔で親指を立ててきたけど、何だろう、なんか違う。  そのやりとりを見ていたヒロが言う。  「そうだ、大佐って夜になると砦の最上階で黄昏れてるって噂あるよー」  「黄昏れてる?」  「遠くから見た事があるって奴がいただけだからどうなのか知らないし毎日でも無いみたいだから、見られたらラッキーくらいに思ってるみたいだよ。見られたら次の日良いことがあるんじゃないかってさ」  なんだそれは、ラッキーアニマル的存在なのか。  「俺さ、みんなのバイタルチェックはいつもしてるけど、ジンノ大佐は仕事があるからって何もしてないんだよな」  その疑問にキラが答える。  「ああ、それなぁ、前の軍医も言ってたけど、バイタルチェックは必要無いって断ってたみたいだしなぁ」  「え、なぜ?」  「大佐なりの理由がありそうだよね。マリアが聞いてみたら?」  ヒロの、そのなんとなく含みを感じる話し方で、俺がジンノ大佐について知りたがっているのが分かっているみたいだった。  なるほどな。  なぜバイタルチェックをしないのか。  それなら自然にジンノ大佐に接近できる口実にできる。  「こんな事聞いていいのか分からないけど、前の軍医はなぜいなくなったんだ?」  「ここにいると実践経験ができないとかなんとかで辞めていったよ」  ああ、それは確かに納得。  特別警戒の無い日、夕食を済ませてから部屋に戻り、砦の最上階へ向かってみようと計画を立てた。  最上階への階段は壁の中。  気をつける事は少ないだろうし、何かあればクロウが振動を伝えてくる。  砦最上階への階段は思ったよりも長く急で、一階分上っただけで息切れがしてくる。  それ以降は数段ごとに息を整えながらでないと、過呼吸にでもなってしまいそうだ。  この運動不足は解消した方がいいな。  もしかしたら、これはかなり深刻な問題かもしれない。  襲撃の合図があれば、砦兵はこの階段を最上階まで一気に駆け上って配置につく。  ……あいつらの体力は化け物か。  それとも俺が貧弱すぎるのか。  どっちもだな。  そんな事を考えながら、俺は砦最上階へ上る天蓋まで長い時間をかけてたどり着いた。  数段ごとに休憩を挟んではみたが、太ももが悲鳴を上げている。  途中には小さな扉がいくつかあったが、ここは見えない亡霊達が入っていくルートだろう。  作戦ごとに自分がどこの扉からどこへ行って待機するのか判断するらしい。  ジンノ大佐が出す指示に対して死角が無いように、各砦兵達は位置を調整してる。  ジンノ大佐の姿は最上階にあるのかどうかはこの場所からは分からない。  今日はラッキーアニマルに会えるのか、こんな苦労したんだからせめて報われてくれよ……。  そんな期待をしながら階段を上り詰め、最上階へと出られる天蓋に手をかけた。  「誰だ、止まれ」  !!!  驚いて階段から転げ落ちそうになった。  察知が早ぇよ。  今日はラッキーアニマルの日で当たりだったな。  あくまで冷静に……。  「ジンノ大佐、マリアです」  「何の用だ」  「ジンノ大佐のバイタルチェックを一度もしていない事が気になっていたので」  「必要無いと言っていたはずだ。お前は地下に戻れ」  取り付く島も無いというか、少しピリピリした空気を感じる。  でも、ここまで来た労力を考えるとそう簡単に引けるかよ。  「いいえ、ジンノ大佐の体調の管理ができないのでは自分の仕事は不十分です」  「俺に対しては例外で構わない」  「例外にする必要性を感じません。ジンノ大佐が万が一指揮を取れなかったら何人の兵士が命を落とすのでしょう?」  「……」  「…………」  しばしの沈黙の末。ジンノ大佐の声が聞こえた。  「今いる場所から5歩下がれ」  「5歩、ですか? 俺がそちらに行くのはダメですか?」  「当たり前だ。俺以外の人間が砦から見えるのは禁止だ」  「確かに、そうですね」  これは納得した。  言われた通りに階段を5段ほど下がった。  足の疲労で転げ落ちそうになる。  「下がりました」  「分かった」  キィという軋んだ音とともに天蓋が開く。  そこからジンノ大佐はゆっくりと降りてきた。  コートを着用し、そのポケットにごく自然に手にしていたパイプを胸元へ隠した。  「ジンノ大佐、パイプ吸ってるんですか?」  「ただの気分転換だ。お前はパイプやタバコは吸うのか?」  「ええ、まぁ、お許しがでるようなら、たまには一服でもしてゆっくり気分転換したいと思う事はありますよ」  「そうか、それはここから無事出られるまで楽しみに取っておくといい」  「え、でもジンノ大佐は今パイプ吸ってましたよね?」  「俺だけはな。匂いを纏わせて居場所が分かるようなマネはするな」  「……分かりました」  匂いもダメなのか。  でも正体隠す必要が無ければ自由になるんだな。  壁に手を這わせながら、ジンノ大佐は階段を降りていく。  「……ちょうど良い機会かもしれない。お前にはいずれ話そうとししていた事がある」  「……はい!!」  あれ、これは思いがけずいい展開になってるんじゃないか?  俺の前を通り過ぎるジンノ大佐に少し違和感を感じた。  身体の動きが少しブレている?  プライベートでは少し気が緩む事もあるだろうけど。  それとも違う、何だろう。  あと、吸っていたパイプであろう香り。  どこかで嗅いだ事のある、お香のような、葉っぱをいぶしたような……。  それって。  「ジンノ大佐、ちょっと待ってください!」  そう言って軽く肩を掴むと、揺れた身体を壁に当てて、ジンノ大佐はその場で崩れ落ちた。  すぐにジンノ大佐の腕を俺の肩にかけ、それ以上体勢を崩さないように支えた。  「ジンノ大佐、その……、パイプに入っている葉っぱ、なんですか?」  「ただのタバコだ。少し階段を踏み外しただけだ。何も問題無い」  いや、違う。  今のは踏み外したんじゃ無い。  それに、ジンノ大佐の体温が異常に高い。  「どこか、痛い所があるんじゃないですか?」  「……いや、これは戦場に出たものなら誰にでも起きる」  「それどこの知識ですか? 少なくとも、オピオイド系鎮痛剤を吸わなければならないような症状は誰にでも起きるとは思えませんが」  「……」  ジンノ大佐は何も言わず俺を押しのけようとする。  「ダメです。具合悪いですよね。処置室へ行きましょう」  「大丈夫だ。一晩経てば……」  「大丈夫じゃないから行くんですよ!」  強く言うと、ジンノ大佐は仕方が無いといったように首を縦に振った。  そのまま俺はジンノ大佐の体重を支えるように立ち上がった。  ……お、重い……。  身長だけはジンノ大佐よりも高いので、大佐の体重を俺の肩に乗せていた。  が、その鍛えてある身体は重く、鉛のように感じる。  階段を降りようと一歩を踏み出すが、膝が折れそうになる。  一歩降りると、登ってきた時の疲労の蓄積もあり、太ももの筋肉がプルプルし始め汗が噴き出す。  非力と運動不足がこんな所で足かせになるとは。  少しでも筋トレしておくべきだった……。  大丈夫なのか俺!  偉そうな事言っておいてこの様は恥ずかしすぎるだろ!  「おい、もうお前……、プッ、フフッ……」  ジンノ大佐は俺に話しかけようとし、途中から手で口を覆って笑いをこらえ始めた。  ジンノ大佐の失笑レベルか、俺は!  「……ぜぇ、き、筋トレ……、はぁ、はぁ、し、はぁ……、しま…… ぜぇ、ぜぇ……」  「もういい、多少具合が悪くても一人で降りた方が早い」  「い、いえ……、はぁ、はぁ……、こ、れ、ぜぇ……、俺の、役目、ぜぇ……、ぜぇ……、っす、から」  俺は戦場に行けない。  身体をケアするしか貢献する事ができない。  それは分かっていた。  「お前に任せていたらいつまで経ってもたどり付けない」  壁に手をかけて俺の肩からジンノ大佐は抜け出した。  その体重が無くなったと同時の俺は膝から崩れ落ちて地面に両手をついてぜーぜーと肩で息をした。  またか、俺の役立たずが……。  「す、すみませ、はぁ……、はぁ……」  「お前の体力不足は酷いな」  そう言ってジンノ大佐は笑い始めた。  「すみま、せん、はぁ……、はぁ……」  後ろを振り返ると、階段を二段も降りられていなかった。  確かに酷いな……。  なぜ担いで行けると思ってしまったんだ……。  「歩けるようになったら行くぞ」  これではどちらが病人か分からない。  ダメだ、本当に俺情けない。  「処置室に、はぁ……、ですよね」  「……そうだ」
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