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翔は今、どうしているんだろうか。
今日もまた、そんなことを考えながら、オレは小型漁船を操縦している。
漁に出ている時だけじゃない。家にいる時や街中でも、ふとした時に、アイツのふにゃふにゃとした愛嬌の良い童顔を思い出す。道路の向こうから、いつものように黒いバイクに跨って、ひょっこりとオレの前に姿を現すんじゃないかという気がしてくる。
翔とは、もう何ヶ月も会っていない。
2年近くもの間、毎月毎週のように会っていたというのに、オレは翔の連絡先も、出身地さえも知らずにいた。だから、どれだけ会いたいと思っても、こちらからはどうすることも出来ずにいる。なんとも情けない話だが。
「龍さん」
若手漁師のタクが、操縦席に立つオレに声をかけた。
『なんだ?』と横目で目配せをすると、タクは少々気まずそうな顔をして
「最近、カー坊の姿が見えねえけど、アイツどうしたんスか?」
とオレに耳打ちをした。
『カー坊』というのは、翔のことだ。いつも子犬のようにオレにまとわりつくアイツのことを、オレの漁師仲間たちは、いつの間にかそんな風に呼ぶようになっていた。
「さあな。忙しくしてるんじゃねえかな。就職活動がどうのこうのって話してたから」
「はあ、就職活動ねえ……」
曖昧に言葉を濁すと、タクも曖昧に頷いた。その答えに、本当に納得したのかどうかは解らない。どうやらタクは、オレと翔との間に、何かのきっかけで亀裂が入ったんじゃないかと心配している様子だ。
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