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ハッキリとした『亀裂』と言えるのかどうかは分からないが、確かに翔と最後に顔を合わせた日、オレ達は少々ぎこちない風に別れていた。
また会えるだろうと、オレは思っていた。だが、それ以来、アイツはぱったりと、オレの前に姿を現さなくなったままだ。
「網下ろすぞ」
「ハイ」
港から一時間ほど船を走らせ、漁場に到着した。
タクと一緒に船のへりに並んで、黙々と底曳網を海に下ろす。朝の海風は冷たくて、身が縮みそうだ。
「よし、いくぞ!」
網を降ろし終えると、オレはまた、船を走らせた。
片田舎の小さな漁師町で、オレは生まれ育った。町のそこらじゅうに充満している魚臭さが嫌だと思ったのは、ほんの子供の頃だけだ。
高校を卒業すると同時に、オレは漁師になった。自分の親父が、そうだったように。それから数十年、誇りを持って船に乗り続けている。
翔曰く、オレの体には、潮の匂いが染み付いているんだそうだ。自分じゃよくわからないが、翔はそれを「海の男の匂いだ」と言って、妙に気に入っていた。
口にしたことはないが、オレも翔の匂いが好きだった。翔の肌からは、風の匂いがしていた。解るだろうか? 何時間も風を切って、バイクで走った後の、あの匂い。
オレにとって、翔は風に乗って現れる渡り鳥――いや、迷い鳥のような男だった。
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