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翔は、靴だけはバイク用のものを履いていたが、白いTシャツにジーンズと、ラフで爽やかな服装をしていた。そのせいか、背後にあるバイクの重量感のあるシルエットと、余計にギャップがあるように見えた。
翔は、ヘルメットのせいでクセのついた茶色い髪を手ぐしで整えながら、
「びっくりしたぁ。急に変な音がして、アクセル開けても、加速しなくなっちゃって――」
と言うと、ため息をついた。
「すみません、この辺にバイク屋ってありますか?」
「いや、近くにはねえな。レッカー呼んだ方がいいと思うぞ」
「そっか……ありがとうございます」
残念ながらこの町のバイク屋は、250キロ以上の重さのある車体を、手で押して行けるような距離には無かった。
翔は困ったように頭を掻いていたが、ぺこりとおじぎをすると、再びパキパキとした礼儀正しい口調で尋ねた。
「あの、少しの間、こちらの駐車場お借りしてもいいですか?」
「ああ。いいよ」
オレはそう答えると、店の中に入った。若い隼乗りのその後は気になったが、開店の準備があるから、ゆっくりとおしゃべりするわけにもいかなかった。
料理の仕込みをしながら、厨房の小窓を開けてみた。外を覗くと、駐車場の隅で翔が電話をしている姿が見えた。
バイクの後ろには、こぢんまりとまとめた荷物がくくりつけてある。小旅行の途中だろうか? なんとなく自分の若い時代を思い出すようで、オレは小窓の外の風景を見ながら、ニヤリと口元を緩めていた。
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