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別荘に到着するなり、蓮の彼女であるミホは雅とその彼女の前で甘えた声を出し始めた。
鬱蒼とした森の中にポツンと立つ豪奢な二階建ての別荘は、確かに雰囲気がある。
だが到着早々そんなに早くその気になるものだろうか。
「ねぇ蓮〜〜部屋行こー」
「とりあえず昼飯食ってからでいいだろ」
「え〜やだぁ。 ちゃちゃっと一回だけやっちゃおっ?」
「キャーっ♡ ミホ大胆〜!」
「キヨカも雅くんと………ね♡」
無邪気に騒ぐ彼女達は、この別荘でのお泊り会を純粋に楽しみに来ているようだった。
気の重い雅は、歩む一歩一歩が足枷でも付いているかのように憂鬱で、出来るものなら来たくなかった。
夜を震えて待たなければと思っていたのに、尚も甘えるミホは蓮の腕から離れない。
「キヨカと雅くん、一時間くらい散歩してきて、お願い♡」
「分かったぁ。 楽しんでね、ミホ♡」
笑顔いっぱいなミホと、それほど乗り気では無さそうな蓮を置いて、雅と彼女のキヨカは気を利かせて今来たばかりの別荘を出た。
キヨカもミホ同様、興奮気味に色々と話し掛けてくるが雅の気はそぞろである。
普段は絶対に感じる事の出来ない、たっぷりのマイナスイオンを全身に浴びて気持ちが良いのに、心はどんよりと重たい。
まさに今、蓮がミホを抱いていると思うと呑気に散歩を楽しむ心境などでは無かった。
「〜……ねぇ雅、聞いてる?」
「あ、あぁ、うん。 聞いてる」
「じゃあ私いま何話してた? 言ってみて」
「え。 えー…っと…」
ほら言えないじゃない、と膨れるキヨカが鬱陶しい。
散歩をするにしても独りでしたかった。
惰性で付き合っているからか、本当に毎日が億劫だ。
どうでもいい話を延々聞かされ、好きでもないのにキスを強いられ、最終的には拒むけれどセックスを強要されそうになる。
蓮に張り合うようにして、身勝手にも要らぬ意地を貫いている雅の限界が迫っていた。
キヨカのためにも早く別れてやらなければとは分かっているけれど、それは蓮の動向次第だ。
寄り添おうとしてくるキヨカとさり気なく距離を取ろうとした、その時だった。
「うわ───っ」
「え、あっ、雅!? キ、キャーッッ!!」
ぬかるみに足を取られた雅は、水しぶきを上げながらドボン──ッ、と湖の中へと勢い良く落ちた。
落下地点までの高さがあったせいで思いっきり水の中に沈み込み、味わった事のない水圧が一気に全身にかかる。
ヤバ、と思えたのは数秒だけだった。
落下する際に腕や足を細々とした木の枝で切ってしまったらしく、もがくと痛くてパニックになったのだ。
水中で暴れて大量に水を飲んだ雅は、この湖の水が綺麗で良かったと頭の片隅で思ったのを最後に、意識を手放した。
───瞳を閉じると、こんな状況の夢の中にまで蓮が現れて、心が張り裂けそうだった。
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