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この辺で湖と言えばあそこしかない。
歩いて五分ほどのところにある、ぽっかりとそこだけ切り取られたかのような、まさに穴場的な水浴び場。
緑豊かな木々の間から射し込む陽の光が、まるでスポットライトを当てられているが如く美しく辺りを灯す。
そこは水が澄んでいてとても綺麗だけれど、海底に何かが潜んでいてもおかしくないほど何故かとても深い。
「…………あのバカ…!」
意地っ張りで強情な親友は、泳ぎが下手な上に大事な局面ですぐにパニックを起こす。
キヨカは「雅が落ちた」と言っていたので、恐らくそのいつものパニックを起こして派手に水をかき、いよいよ力尽きているのではないだろうか。
「………ッッ雅!!!」
全速力で走って湖に辿り着くと、雅がうつ伏せの状態でプカプカと水面に浮かんでいた。
蓮の全身から血の気が引く。
「嘘だろ…」と小さく呟いて、迷わず湖に飛び込んで雅を仰向けに浮かせた。
「雅! 雅!!」
「…………………」
頬を叩いてみても反応がない。
青ざめた顔をしているのは雅だけではなく、助けに来た蓮も真っ青だった。
何をどうすればいいのかすぐには分からず、いざとなった時にパニックを起こす雅の気持ちが痛いほどよく分かった。
「雅っ……雅…! お前俺に何も言ってねぇだろーが! こんなとこでくたばんなよアホ!」
くたりとなった雅を湖の縁まで運び陸に上がると、静かに横たえて見様見真似で人工呼吸をした。
出会った頃から見目麗しかった雅は、この期に及んでもひたすら美しい。
苦し紛れの悪態をつきながら心臓マッサージをし、躊躇なく唇から酸素を送り込んだ。
「雅! 分かった、…っ! 観念する! お前より先に俺が観念してやる! だから息を…っ、息をしろよ……! 頼むから…っ」
切々と想いを吐露する蓮の、幾度目かの人工呼吸で雅の指先がわずかに反応を示した。
それに気付かない蓮がさらに酸素を送り続けた結果、ようやく意識を取り戻した雅は顔を背けて苦しげに水を吐き出す。
「ケホッ………っ」
「雅……!!」
雅に馬乗りになっていた蓮は、思いっきりその愛しい体をかき抱いた。
心が寒気に覆われて、蓮自身も生気を失い掛けていた。
くだらない意地を張り合っていたせいで、こんな大事な場面でも甘い言葉を言ってやれない。
口を開けば、心配のあまり「バカ野郎!」と罵ってしまいそうで、口を噤むしかなかった。
「……………蓮……?」
「………っっ……」
「…………聞こえてたぞ…観念、するって」
雅の声に心の底から安堵して、さらに抱く力を込めた。
すると雅は、蓮に向かって弱々しくヘラっと微笑んだ。
───人の気も知らないで。
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