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「お前……っ」
「観念しろよ……男に二言は、ないだろ…?」
言い返したい気持ちでいっぱいではあったが、雅を永遠に失うかもしれないと恐れ慄いていた何分か前、蓮は確かにそう言ってしまった。
意地の張り合いに負けてしまったのは、奇しくも蓮の方だ。
「…………雅、好きだ…っ」
「………………俺も」
まだ冷たさの残る雅の唇を奪うと、脳が、そして心が、とろけるかと思った。
自覚してしまうともう無理だ。
幼稚な意地など張れない。
雅が恋しい。 雅のすべてがほしい。
「心配かけやがって」
蓮が観念したからか、ようやく雅も素直に頷いてくれてこの上なく嬉しかった。
力無く微笑み続ける雅にキスの雨を降らせ、びしょ濡れの体を力の限り抱き締める。
「ごめんごめん。 キヨカから離れようとしたら滑って落ちた。 ……悪かったな、お楽しみの最中だったんだろ」
「出来るかよ。 雅がいるのに」
「………え……?」
分かりきった事を聞くなと思った。
しかし雅は驚いた形相で蓮を見詰めている。
彼女が居るのに、放課後だけではなく休日も軒並み雅を優先させてきたのだ。
蓮はずっと、雅の意地がいつまで続くかと半分ゲーム感覚でその時を待っていた。
───結局、先に白旗を上げたのは蓮の方だったが。
「雅を抱いた日から、女は抱いてねぇ。 毎日雅とヤってたんだから分かるだろ。 絶倫じゃあるまいし」
「………そ、なんだ…」
素直に白状すると、雅は嬉しそうに頬をピンクに染めて俯いた。
蒼白だった顔に生気が戻った事も嬉しかったが、やはり、雅が素直に感情を表に出してくれている喜びの方が大きい。
もっと早くからこうしていれば良かったものを、雅は本当に頑固一徹だ。
背中を擦ってやりながら、蓮はフッと笑った。
「お前が底無しの意地っ張りっつー事だけはハッキリした」
「…それはお互い様だろ」
「まぁな、それもハッキリしてんな」
「ふふっ…。 なぁ蓮、今夜どうすんだよ。 キヨカ達」
雅の笑顔に見惚れていると、考える事を拒否していた頭の痛い案件を問われて苦笑する。
「どうするもこうするも、俺達の事言っちまうしかねぇだろ」
「え、言うのか…?」
「じゃないと納得しねぇと思う…」
「そっか……。 あぁ…頭が痛いな……」
罪深い付き合いを続けてきた二人の代償は非常に大きい。
意地の張り合いの果ては、真実を打ち明ける事しか解決の道はないだろう。
二人は示し合わせたかのように見詰め合って苦笑し、同時に湖へ飛び込んだ。
追ってきた彼女達の声から逃げるように物影へと隠れ、抱き締め合う。
「いつまでも逃げてたら捜索願い出されるよ」
「その前に観念するしかないな。 俺はさっきしたから今度は雅がしろよ」
「えーーっ…」
そんなぁ、と唇を尖らせる雅を愛おしく思いながら、蓮は柄にもなく甘酸っぱい恋心に胸をときめかせた。
彼らはまだまだ未熟だ。
心も体も成長途中で、新緑の芽のように若々しく、美しい。
それがどんなに後ろめたい事でも、雅も、そして蓮も、いけない事だと分かっていながらの行為に、若さ故かただただ夢中だった。
湖に浮かぶスポットライトが二人を照らす、この日のための意地の張り合いの日々は果たして功を奏したのかどうか、それは二人にも分からない。
──終──
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