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「妖精班。集合」
今日も筋骨隆々な体系で緑の作業着がぴちぴちになっているスキンヘッドの吉沢さんの一声の元、妖精班全16名が事務所内に整列する。
班のメンバーは年齢も若さもバラバラで目や髪、肌の色が違う者も混じっているが俺を除いて皆活き活きとした目をしていた。
「みんなおはよう」
「「おはようございます!」」
朝の挨拶を終えた後、すぐに吉沢さんは昨日提出された落とし物が書かれたリストを全員に配っていく。
そこには昨日の何時頃に誰が、何の落とし物をしたのかと失くしたことに気付いた時間など1つ1つ細かく記載されていた。
10分ほどのミーティングの後、二人一組に班分けされた俺達はそれぞれの持ち場へと移動し落とし物の捜索を開始する。
試用期間最終日の俺のパートナーは運悪く班長の吉沢さんだった。
「さぁ岡島君! 今日も頑張って落とし物を探そう!」
11月の肌寒い園内で暑苦しいおっさんの声が飛ぶ。今日も園内は大盛況で老若男女問わず様々な人たちがショップで買い物をしたり、ジェットコースターの列に並んだりラッキーの着ぐるみと写真を撮ったりと笑顔で溢れているが恐らくこの人以上に輝くスマイルをしている人物はいないだろう。
「吉沢班長……元気っすね」
ムキムキマッチョな体系といい仕事中のこのテンションといいとても40代半ばとは思えない。
「はっはっは! なに言ってるんだい。岡島君も元気出して仕事するんだよ、さぁ笑って笑って」
仕事にストイックで、いつも笑顔。口癖は『僕達妖精が笑ってればお客さんにも笑顔を分けてあげられるだろ』な清々しい性格の持ち主。
「僕達妖精が笑ってればお客さんにも笑顔を分けてあげられるんだから」
「……ういっす」
この決め台詞、気に入っているのか知らないがあまりお客さんの前で言うのは止めて欲しい。
ほら、今も子連れのおば様3人にくすくす笑われてるし。
吉沢班長は部下に対しても同じ目線に立って話す人で、叱る事はあっても怒る事はしない良き上司だ。
だけど俺は、この人の真っすぐさが少し苦手だった。
どうしてこんな感情を抱いてしまうのか解らないけれど班長を見ているとたまに自分がすごく空っぽに思えてくる時があるからだ。
「あ、班長。今日のリストにあったマフラー見つけたかもです。あそこの植木に引っかかってるやつそうじゃないですかね?」
2人で落とし物の捜索を続けて1時間ほど経った時だ。俺は視線の端で揺らめく存在に気付きそちらに向けて指を差す。
「マフラーか! 確か紺色にハートの刺繍が入ったやつだったね」
「ちょっと遠くて刺繍までは確認できないっすね。それに引っかかってる位置が高い」
昨日は時折窓がガタつくくらい風の強い日だった。恐らくフードコートの椅子かどこかに置き忘れたところをそのまま飛ばされてしまったのだろう。
「どちらにしても落とし物である事には変わりがない。僕は脚立を持ってくるよ」
「あ、班長。脚立なら俺が持ってきますよ」
「いや、岡島君はここでマフラーを見張っておいてくれ。力仕事は僕に任せてくれよ」
短いやり取りの後、吉沢班長は猛ダッシュで事務所へと戻っていった。あの様子なら確かに脚立の運搬はあっちに任せた方が早そうだ。
一生懸命走る落とし物妖精の背中を見ていると、少しだけ自分の子供時代を思い出してしまう。
あれはそう、6歳の時の思い出だ。
こことは違うテーマパークでまだガキンチョだった俺はヒーローショーを見に来てた。
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