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◆
わたしは、唯一心の支えである白猫君の、学制服の裾をしっかり握りしめる。
夕刻、沈みかけている真っ赤な陽の光が、白猫君の黒い学生服を照らしさらりとした『純白の髪の毛』を染める。
わたしはどちらかというと、しっとりとした髪質なので、白猫くんのさらりとした『白い髪』はうらやましく思う。
あ、あれ? わたしは確か……。
「この建物揺れてないか?」
「じ、地震かなあ?」
これ――このやり取りどこかで……。
白猫君は神妙な顔つきで、私たちが2階にやってきた階段の方向へ向いている。その先には、触れただけで全身を切り裂かれそうな長く鋭い爪と――
あ……あぁ……。フラッシュバック。わたしの脳裏に浮かびあがったのは、ある記憶。
わたしを手を握り、あの化け物に向かって放り投げる白猫君の姿――
「い、嫌ああああ!!!」
わたしは白猫君の手を振りほどく。
「こ、来ないで!!!」
白猫君は、わたしの突然の拒絶に唖然としている。
「咲ちゃん? どうしたの? この化け物は――」
何? この化け物は生贄をささげるといなくなるっていいたいの? その生贄がわたし? ふざけないで!!!
わたしは、化け物とは反対へと駆け出す。床が悲鳴を上げようが関係ない。まずは、化け物と白猫君から逃げないと!
わたしが駆け出した数メートル先。
周りの古びた木製の壁や床とは違う、あるはずの無い――コンクリートの壁が廊下を塞いでいた。
「なんで、なんでこんなのがあるのよ!! さっきまで無かったじゃない!!!」
わたしは壁を背に、化け物の方へと向いた。化け物は、じりじりと――じわりじわりと距離を詰めてくる。
そして白猫君は、凄い剣幕でこちらへ走ってくる。
「咲!!! ソイツから離れろ!!!」
呼び捨てで呼ばれたことにも驚いたけど、それよりも――ソイツってナニ?
白猫君がわたしの目の前まで、後大股1歩で衝突するくらいまで差し掛かった瞬間。わたしの足に衝撃と痛みが走った。
体のバランスが崩れ、仰向けの状態で背中を床に打ちつける。
何が起こったのか一瞬理解出来なかったけど、白猫君の体勢からしてわたしは白猫君にダイナミックな足払いを決められていた。
い、一体何がしたい……。
仰向けになったわたし。必然天井が視界に入るはずだったけど、そこには天井がなかった。正確には、天井が見えなかった。
そこには、木製の建物とは不釣り合いな、コンクリートの壁から生えた――首どころか、体半分以上喰い千切っていきそうな、醜悪な口があった。
もし、わたしがあのまま立っていたら――
「あ……」
「咲ちゃん立って。早く!」
白猫君はわたしの手を引き、コンクリートの壁から遠ざける。
「ごめん。走るよ。いそいで」
「う、うん」
足は少し痛むけど、走れない程じゃない。けれど、壁の化け物とは反対の階段がある方向にも、化け物はいる。
「咲ちゃん。追い込み漁って知ってるか?」
「え?」
追い込み漁。漁師が魚を捕まえるための方法の一つ。
石を投げたり、音を鳴らす事で魚を網があるところまでおびき寄せ一気に捕まえる。
「つまり、階段の方にいる化け物は――まやかしだ!」
まやかし――幻想、幻。わたし達を喰らうための――罠。
わたしは走りながらも、ちらりと後方を見る。
壁の化け物。牙剥き出しの大きな口と、所々に開いた目は――とても悔しそうに見えた。
白猫君とわたしは、階段の方向の化け物に向かい走り抜ける。
「まぁああにぃいいあぁああえええええええええええええええ!!!」
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