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新婚妻の悩み事
夫と結婚して、早三ヶ月。
お互いに支えあい、家事もきちんと分担して、それなりに幸せな新婚生活を送っていたのだけれども、私にはどうしても許せないことが一つあった。
それは――。
「はぁ? 旦那の好き嫌いが許せないぃ!?」
「そうなのよ……」
休日、私は親友の舞子を駅前のカフェに呼び出して、相談に乗ってもらっていた。
相談内容は他でもない、夫の「偏食」についてだった。
「食べ物の好き嫌いなんて、誰でも少しくらいあると思うけど……わざわざ私に相談するってことは、そういうレベルじゃないって理解でオッケー?」
「そう、そうなのよ!」
さすが親友。舞子の理解は早く、私は思わず大声を上げてしまっていた。
「どうどう、ちょっと落ち着いて? それで、好き嫌いってどのくらいあるのよ?」
「えーとね、確か……タケノコでしょ? ニンジンでしょ? ゴボウでしょ? あとは……ヤマイモも食べられないって言ってたわね。あっ、キノコ全般も無理らしいわ」
「そりゃまた随分と多いね……」
「でしょ? しかも、私が食事当番の時なんか、食材を念入りにチェックしてくるのよ。これがもうねちっこくてさ~」
夫と私は恋愛結婚だったけれども、同棲期間が無かったせいか、互いの日常生活については細かい齟齬が生じていた。
――と言っても、どれも他愛ないものばかりだ。やれトイレットペーパーやティッシュペーパーの銘柄はどこがいいだとか、洗剤はあのメーカーのあの商品がいいだとか。そういった齟齬が生じる度に、私たちはきちんと話し合い、上手い落とし所を付けてきたのだ。
けれども……食べ物に関しては、そうはいかなかった。夫は、頑として偏食を改めなかったのだ。
「あんたの旦那、結構いいとこの次男だったよね? やっぱり甘やかされてきた系?」
「ん~、それとは少し違うのよね。ご実家は厳しい方で、ちっちゃな頃から色々と躾けられてたみたいよ? 家事全般はむしろ私より得意だし、料理の腕も悔しいけど互角なの。あの人の作る中華、絶品なのよ!
……でも、自分が嫌いな食材は絶対に使わないの。タケノコが入ってないチンジャオロースーとか、ニンジンの入ってないホイコーローとか出された時は、流石にびっくりしたわよ」
――しかも、それがこれまた絶品なのだから、余計にびっくりしたものだ。
「ふ~ん。まあ、それだけなら好き嫌いが徹底してるな~、くらいの印象だけど……それだけじゃないんでしょう?」
「そう、そうなのよ!」
再び舞子がくり出した「察しの良い親友ムーブ」に感激し、私はまたもや大声を上げる。
――レジの方から店員の咳払いが聞こえてきた気もするけど、気にしてはいけない。
「この間ね、お昼にお好み焼きを作ったのよ。彼は午前中だけ仕事で、お腹空かせて帰ってくるだろうから、美味しいの作ってあげよう! って腕によりをかけて作ったのに――あの人、捨てたのよ!」
「捨てた? お好み焼きを?」
「そう! 帰ってきて、お好み焼きを見るなり血相変えて生ゴミを漁りだしてね、『こんなもん食えるか!』って怒りながら、お好み焼きをゴミ箱に投げ捨てたのよ! 信じられる!?」
ああ、思い出したらまた怒りが収まらなくなってきた。
――店員が先程からこちらをチラチラ見てる気がするけど、追加注文もないので無視する。
「生ゴミを……ああ、そうか。お好み焼きに使ったヤマイモの皮でも見付けたってことか。……それはまた酷いな」
「ね! 酷いでしょ!? 一口くらい食べてくれたっていいのに……嫌いだからって、ゴミ箱に投げ捨てたのよ!? もう私悔しくて悔しくて! どうにか、あの偏食マンに思い知らせてやることはできないかしら!?」
「ふむ……そうだね……」
お知恵を拝借とばかりに尋ねると、舞子はその端正な顔に真剣な表情を浮かべて何やら考え始めた。
そして――。
「……そうだね。例えばだけど、旦那さんの嫌いなものを知らず識らずの内に食べさせてみる、というのはどうだろう?」
「……と言うと?」
「例えば、お好み焼きの時には調理カスからヤマイモを使っていることがバレたわけだけど……もし、調理カスが残されていなかったら、旦那さんはお好み焼きにヤマイモを使ったかどうか、口頭で尋ねるしかなくなるよね?」
ニヤリ、と舞子が悪そうな笑顔を浮かべた。
「うん……そう、なるかな?」
「ああ、きっとそうなる。で、だ。例えば、旦那さんの嫌いな食材を、本来それが入っていない料理に分からないように混ぜておいて、しかも調理カスからそれがバレないようにしておけば……どうだい?」
「……私がバラさない限り、彼が気付くことは……無い?」
「そう、その通り!」
舞子が「我が意を得たり」といった感じの、得意げな表情を見せる。
「旦那さんの嫌いなものは野菜ばかりみたいだし、すりおろして他の食材に混ぜてしまえば、中々気付かないと思うんだよね。もちろん、大量に混ぜちゃうと流石にバレるだろうから、最初は少しだけ。で、その量を少しずつ増やしていって――」
「――ある程度経った頃に、ネタばらしをする?」
「そう! 大嫌いだった食材をいつの間にか沢山食べてたなんて知ったら、そりゃあ驚くぞ!」
……わが親友ながら恐ろしい子!
でも、私の頭の中ではネタばらしされた時に夫が見せるであろう、呆気にとられた顔が既に浮かんでいて、舞子の立てたこの計画を実行する気満々になっていた。
「よし、やる気になったみたいだね? じゃあ、後は具体的な部分を詰めていこう。さしあたっては、野菜カスをどうバレないように処理するかだけど――」
こうして私たちの「旦那に嫌いな食材をこっそり食べさせよう計画」は実行に移されることとなった――。
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