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声
目を覚ますと、そこは玄関前の廊下だった。廊下はフローリングなので、身体中が痛い。酒を飲んだ記憶はないのに、なぜこんな所で、眠っていたのだろう? 記憶が、全くない。
スマホで時間を確認すると、一日、丸ごと眠っていたようだ。
「歳のせい……?」
まだ27才と油断していたが、30代の壁が近づき、こんな事があると。つい、年齢を気にしてしまう。
それにしても。何か、大切な事を忘れているような気がする。胸の辺りが、モヤモヤして落ち着かない。
「うわっ」
突然、スマホに着信がきた。そうだ。今日は『野々宮野々実』の作画担当との打合せがあったはず。時間に遅れたのか? だとしたら、ヤバイな……。
俺は、恐る恐る電話に出た。
「あの、小山田先生ですか?」
「はい! すみません。今から向かいます!」
どっと、冷や汗が出る。向こうはもう、来ているのだろうか? 心臓がバクバク鳴り響く。
「いえ! 約束のお時間は、午後からですので……」
「そ、そうですか……」
時計の針は10時を指している。ほっと胸を撫で下ろすと、どこか聞き覚えのある声が、耳に響く。
「社に、ラフ画が届きました。もし、良ければ。いつものように、早めに来て頂いて。先に、見ていただけませんか? わたしと、一緒に……」
ゆったりとした声は、耳に心地よく。どこか、懐かしい。
「わかりました。すぐに向かいます」
「はい。お待ちしております」
『通話終了』と表示された画面は、無機質な音をたて続ける。今の電話の相手は、誰だろう?
出かける仕度をしながら考えたが、どうしても、相手の顔と名前が思い出せない。もしかしたら、まだ知らないスタッフかもしれない。
そう、思うのに……。
声の主に会って、話をするのが、今から楽しみで。自然と、口角が上がるのだった。
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