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3.睡眠とは誰にとっても大切なものである
「あの、十六女さん」
「何ですか?」
まだ部活の人も来ていないような朝早く、教室へ行くとやはり十六女さんが何もせず座っていた。
「あの夢は本当なんですか?」
「はい。あなたはもうあの夢を見ないでしょう」
十六女さんはそう言い切った。
いつもの、十六女さんだ。
でもやはり、夢の様子を見たからなのか、十六女さんに存在する違和感がわかった。
「どうして、どうしてそんなことを」
「あなたは悪夢に魅せられていました」
「魅せられる?」
「はい。悪夢に浸っていたい、見続けていたい、終わらせたくない──悪夢なのにそんな感情を抱く人にはそういうんです。魅せられている、と。あなたの悪夢は堅かったのでかなり魅せられていたのでしょう。お陰で知り合いになって内側に入らなければいけませんでした」
確かに僕は。
悪夢を毎晩見たい。
見なければ罪悪感で死ねそうだ。
それくらい、責任を感じている。
それのどこが間違っているのだろう。
悪夢を望むほどの罪悪感が、悪いのだろうか。
自己満足だと言われても、魅せられていると言われても、僕は悪夢を手放せない。
「確かに、僕は、そうかもしれないけど。だからって食べなくてもいいじゃないか」
「それが私の糧ですから」
「糧って、何で?」
「私には悪夢が糧になります。人間には毒になります。私はあなたの自己満足につき合う気はありませんが、あなたが私を恨もうと憎もうと勝手です」
ふと、気づいた。
僕が六郷に感じていた罪悪感は本物だった。
でも、本当にそれだけだったのだろうか。
僕は、罪悪感を感じている自分が正しいと感じて、その正しさに酔っていなかっただろうか。
糧にも毒にもなる。
それはきっと、罪悪感と同じなのだ。
僕はこの罪悪感が糧だと信じていたが、本当は毒だったというだけのこと。
僕は、六郷に謝らなければいけない。
いろいろと、謝らなければならない。
放課後に、六郷の家に行くんだ。
いろいろあって仏壇に向かって言ったことはなかった。
ちゃんと、言おう。
それにはまず、十六女さんに言うことがある。
「悪夢を食べてくれて、ありがとうございました」
「あなたに感謝される義理はありませんし、あなたが何を考えてそうしたのかもわかりません」
でも、と十六女さんは言った。
「もう悪夢は見ないでくださいね。私だって、貘だって、夜はゆっくり眠りたいのですから」
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