2.悪夢は必ずしも悪だと限らないのである

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「誰……?」 「十六女貘です」  十六女さんは僕の質問にそう返した。 確かに、十六女さんの見た目は普段と何も変わらない。 でも、変わったように感じたのだ。 「和久田さん、あなたの夢を食べてもいいですか?」 「え?」 「あなたは親友が目の前で死ぬという悪夢を見ているのでしょう? その夢を食べていいか、ということです」 「どうして、そもそもこれは夢、で、え?」 「これは夢ですが、私は和久田さんの夢の産物ではありません。私は悪夢を食べる貘なのです」  一瞬、聞き間違いかと思った。 貘は、悪夢を食べると言われる中国の空想上の動物だ。 十六女さんが、その貘だということか? 「わからなくても構いません。ただ、私がこの夢を食べることに了承してくださればいいのです」  わからない。 けれど、十六女さんが嘘を言っているのではないのだと感じた。 「もし、十六女さんがこの夢を食べたらどうなるんですか?」 「和久田さんはこの夢をもう見ません。悪夢を見ないのだからいいことではあり──」 「食べないでください」 「え?」  今度は、十六女さんの方が驚きの声を出した。 僕の言葉がそんなに意外だったらしい。 「僕が、六郷に謝れるのはここだけなんです」  僕からは僕が思っていたより、言葉がすらすら出てきたことに驚いた。 十六女さんはもっと驚いている。  確かに、これは悪夢だろう。 六郷が死ぬ姿、死んだ六郷が来るところ、僕も充分怖い悪夢なのは間違いないのだから。 でも、僕が僕に見せているものであっても、今はこれだけが六郷に謝ることのできるものなのだ。 たとえ自己満足だとしても、そうしていなければ、悪夢を見ていなければ、僕は罪悪感に気が狂いそうだった。 「なら、なおさら食べなければいけません」 「やめてください!」 「あなたは悪夢に魅せられています。悪夢を見ることに幸福を感じていることがその証拠。なら、私はその悪夢を食べなければなりません」  そう言って、十六女さんは舌なめずりをした。 僕は止めようと声を出そうとする。 けれど、それはできなかった。 バリッという音がして、夜空が──砕ける。 どんどん夜空が砕けて消えて、飛び降りた六郷さえも地面に落ちることなくどこかへ消えた。  そして、最後に聞いたのは 「ごちそうさまでした」  と言う、十六女さんの声だった。
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