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「誰……?」
「十六女貘です」
十六女さんは僕の質問にそう返した。
確かに、十六女さんの見た目は普段と何も変わらない。
でも、変わったように感じたのだ。
「和久田さん、あなたの夢を食べてもいいですか?」
「え?」
「あなたは親友が目の前で死ぬという悪夢を見ているのでしょう? その夢を食べていいか、ということです」
「どうして、そもそもこれは夢、で、え?」
「これは夢ですが、私は和久田さんの夢の産物ではありません。私は悪夢を食べる貘なのです」
一瞬、聞き間違いかと思った。
貘は、悪夢を食べると言われる中国の空想上の動物だ。
十六女さんが、その貘だということか?
「わからなくても構いません。ただ、私がこの夢を食べることに了承してくださればいいのです」
わからない。
けれど、十六女さんが嘘を言っているのではないのだと感じた。
「もし、十六女さんがこの夢を食べたらどうなるんですか?」
「和久田さんはこの夢をもう見ません。悪夢を見ないのだからいいことではあり──」
「食べないでください」
「え?」
今度は、十六女さんの方が驚きの声を出した。
僕の言葉がそんなに意外だったらしい。
「僕が、六郷に謝れるのはここだけなんです」
僕からは僕が思っていたより、言葉がすらすら出てきたことに驚いた。
十六女さんはもっと驚いている。
確かに、これは悪夢だろう。
六郷が死ぬ姿、死んだ六郷が来るところ、僕も充分怖い悪夢なのは間違いないのだから。
でも、僕が僕に見せているものであっても、今はこれだけが六郷に謝ることのできるものなのだ。
たとえ自己満足だとしても、そうしていなければ、悪夢を見ていなければ、僕は罪悪感に気が狂いそうだった。
「なら、なおさら食べなければいけません」
「やめてください!」
「あなたは悪夢に魅せられています。悪夢を見ることに幸福を感じていることがその証拠。なら、私はその悪夢を食べなければなりません」
そう言って、十六女さんは舌なめずりをした。
僕は止めようと声を出そうとする。
けれど、それはできなかった。
バリッという音がして、夜空が──砕ける。
どんどん夜空が砕けて消えて、飛び降りた六郷さえも地面に落ちることなくどこかへ消えた。
そして、最後に聞いたのは
「ごちそうさまでした」
と言う、十六女さんの声だった。
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