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「お姉ちゃんのお世話になってばかりじゃ悪いから、今度は僕が棒高跳びレッスンしてあげるよ」
突然に弟が思い立ったように言った。
「1メートルが飛べないんだろう」
「ウン。だけど何処で?」
「僕、陸上部の親友がいるんだ。学校には内緒だけどね」
「おお、持つべきものは弟。凄い、凄い」
わたしは感嘆の声をあげた。弟の学校に忍び込むわけか。楽しそうだ。弟が運動神経が良くて助かった。
その週の日曜日はわたしたちの学校の学園祭だ。弟は同じバスケット部だという。ガッチリとした体格の子と見物に来て、お母さんとお父さんは目いっぱいお洒落をしてやってきた。沙也加ちゃんがそれを見て羨ましがった。
「イケてる両親じゃない」
「ウン、自慢の家族なの」
「さ、ユリナの特訓の成果を見せてもらわなくちゃ」
沙也加ちゃんに背中を押された。わたしはロミオとジュリエットの劇に出てくる『ウインキー』の役をしっかり演技して拍手喝采を浴びた。舞台を終わらせ家族のもとへ駆け寄ると、弟が「お姉ちゃんの好きな男子は主役って言ってたけど随分と可愛いんだねえ」と吹き出すように言った。その時光吾くんが横に来て深くお辞儀をした。
「ユリナちゃんの家族の方たちですか。今日は喜劇を見に来てくださり有難う御座います」
わたしは赤くなった。「あれえ」弟がはやし立てる。
「もう」
片手をあげてから笑う。ふと観客に目を向けると涙を溜めて何時までも拍手をしている女の人がいた。あの人がほんとのお母さんかもしれない。直感的にそう思った。女の人はわたしの顔立ちにそっくりだったからだ。抱きついてみたい。そんな思いに眩暈がした。足を踏ん張ってそれに耐える。
「挨拶くらいしてきなさいな」
お母さんが肩に手を置く。
「ううん、いい」
「ユリナはどんな事があってもわたしたちの子なんですよ」
「じゃ、参考書買ってくれる?」
「何を言うのかと思ったら、参考書が欲しいなんて偉いじゃない」
「うふふ」
わたしはお母さんとお父さんの2人の手を握る。お母さんは「また劇が見たいですね。何度でも」と喜んでいた。お父さんもウンウンと頷く。家に帰ってもお母さんは「ジュリエットの主役をやった子は行儀のいい良い子でしたね」と目を細める。
「あんな子が息子になってくれるといいなあ」
えっ、息子ってことは?
「子供が大人になるってことは家族が増えるってことなんですね」
お母さんが頬を緩めて笑う。
わたし、ここに家族としていてもいいのかな。ずっとこの家の一員でいたい。弟とこうしてじゃれあっていたい。
「ハルオの好きな子も確認しなくちゃね。妹候補なんだから」
わたしは涙を堪えてそう言った。
終わり
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