ああ絶対絶命だ

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 ああ絶対絶命だ

「俺も好きだよ、司」 「い、いや、えっと好きだけど、ちょっと待って」  高梨がいそいそと僕のシャツのボタンを外していくのを僕は慌てて止めると、高梨は不服そうに口をへの字に曲げた。 「何? 自分で外す? 俺にやらせてよ」 「だ、だって僕汗かいているし」  このまま進むのが怖くなって何かと理由をつけて高梨の手を止めようと躍起になるが、別にいいのにと高梨は耳元に口を寄せる。 「あんま、綺麗にしすぎてあんたの匂いが消えるのって残念なんだけど」 「ばっ」  あまりの高梨の醸し出す男臭さに怖くなる。前に保健室で見たのと同じ捕食者の目で見つめられて追い詰められた気分になる。でも、好き同士だからっていきなりそういうことする? 段階ってものを踏まないでいいの? 高梨が好きだと自覚している。でも高梨の思いに追いついているかどうかは分からない。 「分った、先風呂入れよ。司」  いきなり立ち上がった高梨に手を掴まれて引っ張り上げられる。さっきからこのパターンがやけに多い。 「僕、女の子じゃない」 「好きな子には手をかけたいって思ったらダメ?」 「ダメ……じゃないけど」 「だったら俺にエスコートさせて」  なんか、とっても悪い状況に陥ってしまっている。弱ってるときの高梨とそうじゃないときの高梨は人格がまったく違う。 「と、とにかく、風呂入るよ」 「うん、こっち。部屋の前、二つあるドアの右っ側」  いつの間にか風呂に入る事が決定事項になっていると気づく。話を聞くだけにするつもりだった。 そうだ、そうだよ。 「あ、やっぱり今日は何も用意をしてないし。家も分かったから僕また来るね」  土壇場で怖気づいておたおたと持ってきたカバンを取ろうとテーブルの所に戻る。でも肝心のカバンはそこには無かった。 「無い? ここに僕のカバン無かった?」  じゃあ、玄関に置いて来たのかとテーブルの下を覗きこんだ僕の腰を高梨に後ろからがしりと掴まれた。 「風呂に入るんだろ? ここで脱いでけよ、司。手伝ってやるよ。着替えなら俺のを貸してやるし」 「ぎゃああ、止めろ」  構わず体を反転させられて、僕に馬乗りになった高梨が僕のシャツに手をかける。うそ、絶対絶命だ。 「ダメ、ダメ、ダメ…」  振り回す腕は簡単に、高梨の片手一本で頭上に押さえつけられる。腰の上には高梨が乗っていて足で蹴ることもできない。 「恥ずかしがってるのも、だんだん裸になるのも全部見たい。全部みせてよ、司」  頼んでいるくせに、僕の了承なんて端から考えてもいない高梨の右手が器用に残ったシャツのボタンを外していく。  全部外されて両側にシャツを肌蹴られる。高梨に比べて比較にならないほど貧弱な体。それを高梨に見られていると思うと恥ずかしくて目を開けていられない。 「見るな、恥ずかしい」 「白くて滑らかでエロいよ、司」  ここの、と言って胸の飾りをつんとつつく。 「あっ、やめろっ。エロくないぞ。断じてエロくない。そこ触るな」 「薄いピンクでエロい。女だってこんなに綺麗な色じゃないって。もう、夏になっても水泳の授業は全休だな、司」 「うわぁああ、何言ってんの」  とんでもなく恥ずかしい言葉を連発する高梨に僕は気を失いたかった。手が自由になったら耳をまず一番に塞ぎたい。 「ここも俺が印をつけとくから。しばらく消えないように」  高梨の頭がぐっと下がったと思ったら、痛いほど乳首の横を吸われて悲鳴を上げた。 「い、痛いっ、止めろっ」  それなのに何度もその辺を痛いほど吸われる。痛いから止めてと身じろぐ僕は次の瞬間痛みと共に仰け反るような感覚に襲われて、甘い声を上げてしまった。 「感度いいな、司。もうちょっと強く噛んでもいい?」 「ダメ! ダメだってぇっ」  乳首を噛まれて、痛みだけじゃないつんと突き上げる甘い快感にさっきとは違う意味で身悶えた僕に高梨は嬉しそうに言った。 「汗の味がする。あんたの味。全部確かめて、全部もらうから」  なんでそんな恥ずかしいこと言うんだ。もう何から何まで恥ずかしくて堪らない。唇の後を追って高梨の指先が胸をそろりと撫でていく。声を上げそうになってぐっと歯を食い縛っていたら、高梨が僕の腰に手を掛けた。 「え?」と伺うように見上げたらキスをされて、気を取られた拍子に一気に下着ごとデニムを引き抜かれた。 「おおおいっ、高梨っ」  高梨はわざと体を離して僕を観賞するみたいに首を傾げている。僕ときたら、手首にシャツを絡ませているだけの裸で両手を掴まれて高梨に見られている。 「信じられない。こんなの嘘だ。夢だ、幻覚だ」  明るい室内で裸の自分。そんな事を思っただけで、恥ずかしくて死にそうだ。さらに、高梨が何にも言わずにじっと見ているのが分って、恥ずかしさに拍車がかかる。恥ずかしいっていう感情の頂点はどこにあるのだろう? さっきから僕の人生史上最高の恥ずかしさの値は即座に更新させられている。 「なんだよ、どうせ僕はお子様体型だよ。ずるいぞ、僕だけ裸なんてっ。おい、なんとか言えよ」  羞恥心を誤魔化すための大声に、「何? 司寒いの?」ととんちんかんな応えをして、高梨が僕の顔に視線を戻した。 「なんだって? 今の聞いてなかった。見とれてたから」  やめてくれ、また、更新するだろ。  口をぱくぱくさせている僕の唇に高梨の指が触れる。唇の輪郭を辿るように、慎重にゆっくりと。そのすべるような感覚に溶ける。それは、とても扇情的な感覚だった。  高梨の少し開けた唇から覗く舌に見とれ、自分の唇に触れる高梨の長くて節のある骨ばった手に釘付けになる。指に色気を感じることがあるなんて今まで考えたこともない。 「なんだよ、さっきはがんがん文句言ってたのに。急に大人しくなって」  見下ろす高梨の後ろから蛍光灯の明かりが当たって、色素の薄い髪が光って見える。薄茶の瞳は、長い睫が縁取っている。大きめな口元。それは、もう知っている。思っていたより柔らかいことも。 「高梨って綺麗だ。やっぱり天使みたい。その口にキスしていい?」  思わず出た僕の言葉に高梨が「司、あんたヤバイ」と唸るように言った。
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