僕の天使

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僕の天使

「足を開いて、司」  低く少し掠れた声が耳介から外耳道を抜け、鼓膜を震わす。その電機パルスを僕の脳は歓喜に変換する。膝を折るようにして左右に開くため掴まれた両の膝頭さえ彼が触れた途端に快感を拾う。高梨の長く節だった指が僕の秘部をローションのぬめりを借りながら襞を広げるように動く。その合間につ、と挨拶みたいに爪の先くらいを何度か差し込んで来た。痛くは無かったが、とてつもなく違和感を感じて無意識に逃れたくて腰が動く。 「あ、やっぱり無理。変な感じしかしないもん。指抜いて……高梨」 「もうちょっとがまんして、司。柔らかくしてから探す」  探す? 何を?  僕の体に一体何が隠されているんだ? 謎の言葉を口にして高梨が同じ動きを暫く続けた後、そうっと指を入れてきた。やっぱり本当に男同士はここを使うのだろうか。ごめん、できそうにない。だって全然気持ちよくない。さっきまであんなに上を向いていた僕のモノは力無く縮こまってしまった。 「まだ、続く?」  こんなこと言ったら興ざめだとは思うけど、熱心に取り組んでいる高梨に申し訳が無かった。結局僕にはエロの才能は無いみたいだ。この際、我慢して高梨だけでも気持ち良くなって欲しい。でも指一本でこんなに嫌なのに高梨の立派なナニが入るものなのだろうか?  裂けちゃったらどうしよう。痛いのは嫌だし、ここで救急車呼ぶ騒ぎになったらおしまいだ。優等生として生きて来た僕はそこから外れるのは怖い。そしてそれを周囲に知られるのはもっと恐ろしい。  それが他人から見ればちっぽけな取るに足らないプライドだったとしても、僕にはそれが今まで生きる指標だったのだ。 「だいぶ緩んできた」 「そ、そう?」  汗をかいている高梨に悪くて、気持ち良さそうに演技でもしようか。でもどうしたら自然にみえるのか。もやもやしながら気持ち悪さから逃れるために考え事が止まらない。 「指増やすね」 「うん」  内心、嫌だと思ったけど口には出せなかった。自分だけが異常なのか。男同士で付き合っているほかの皆はこれが気持ちいいの? 僕は無理だ、ごめん高梨。  胸苦しい僕に構わず二本の指が中を広げるようにバラバラに動く。人の気も知らないでと少し殺意が湧いた。と、その一つがお腹側のある一点に触れた。 「あ」  チカッと電気が通ったみたいに痛みを感じた。今の何?  「今の良かった?」  いや、良かったとかじゃないけど。  びくりと反応したのに高梨が気づく。今度は二本の指を揃えて探るみたいにさっきの場所を撫でてきた。途端にぶわっと汗が噴き出す。例えようもないもどかしい快感に驚いて高梨の肩に縋りついた。 「それ、怖い。怖いって」 「それって、ここ?」 「あああっ、や、やだ」  怖がっているのに、高梨は晴れ晴れとした笑顔で「大丈夫」と応えたが、何が大丈夫なのかさっぱり分からない。もう考え事なんてできなくなる。  もう一本指を増やし三本になった指でぐるりとかき混ぜるみたいに内壁を擦られる。 「いやああああっ」  強烈な痛みと錯覚するような快感に声を上げて逃げを打つ僕を尻目に「見つけた、司のいいところ」高梨は上機嫌になった。 「……いいところ?」 「そう、いいところ。最初からこんなに快感を拾えるなんて司は素質あるな」  最初からって言われても結構いろいろしんどい思いをしていたのに。褒められても微妙だ。しかもそんな素質、表立って誰にも言えない。  あらぬところを大股開きで見せている僕の羞恥のメーターはすでに振り切れているのかもう恥ずかしくは無かった。それより立て続けにその『僕のいいところ』を攻められて女の子みたいに声を抑えられなくて息も絶え絶えになる。 「可愛い声だな、司。もっと聞かせて」 「嫌だ、可愛くなんかないっ」  言った途端に指を抜かれた。そして足をそのまま高梨の肩に乗せられる。その後、とうとう指とは比較にならない質量のものが僕の中に押し入ってきた。思わず力を入れてしまう。 「司、息吐いて。ね? さっきぽが入ってる。大きく息を吐いて」  言われるまま「はぁ……」と声を出しながら息を吐き、その度に高梨のものがゆっくりと僕に入ってくる。どのくらいの時間が経ったのか、もう忍耐だと思う。目を瞑ってただ高梨の言う通りに深呼吸を繰り返していた。 「全部入ったよ、司。こんなに気持ちいいとは思わなかった。少し動いてもいい?」  頬に高梨の手がかかり、せつなそうな声がして目を開けると汗びっしょりで笑っている顔が見えた。そうしたら今までの大変さが瞬時に消えた。 「気持ちいいの、高梨?」  与えられることばかり考えていた自分を叱りたい。どうしても繋がりたいと思っていたわけじゃないにしてもやると決めたのは自分だ。  この行為は一人だけのものじゃなく、高梨と僕二人のものなのだ。そう思ったらじわじわと自分の中一杯にある高梨が愛おしい。 「うん、こんなに気持ちいいの、初めてだ」  揺するように腰を動かし始めた高梨は、様子をみていたのか、次第に抜き差しが大きくなってくる。先だけを残して抜かれたと思ったら勢いよく突き上げて、「僕のいいところ」を擦るように動かされ、あれほどあった違和感はもうどこにもない。あるのはうねるような快感だけだ。 「いやぁああっ」 「え? 嫌なの? 司」 「空気読めよ、ばかっ」  僕の応えに満面の笑みで高梨は、さらに突き上げてくる。さては、わざと聞いたのかと文句を言おうとしたが、もう高められた快感の波に飲まれて言葉にならない。 「あっ、止めないで」 「だったら、啓って呼んでよ」 「ええっ?」  いきなり動きを止められて、もどかしくて堪らない。もうちょっとでいける快感の頂上が見えていたのに。 「そ、いきなり、名前なんか……」 「じゃ、止める」 「意地悪言うなよ、高梨」  ずるっと僕の中から高梨が出ていく。さっきまであんなに嫌だったのに、もう高梨に入れてもらいたくて仕方が無くなっている。これってやっぱり素質があるってこと? 素質があっても無くってももうどうでもいい。滝に向かっていく川のようにもう止められない。 「止めないで、啓っ」  僕の言葉に高梨がため息をつく。 「どんだけ自分がエロくて可愛いか、分ってないんだろうなぁ、司って」  高梨はゴムのパッケージを荒っぽく歯で切ると中身を素早く被せた。その流れがスムーズ過ぎて慣れを感じる。お預けされたことも足し算されてさらに腹が立つ。 「お待たせ」 「このエロ大魔神がっ。遊び過ぎてんじゃないぞ」 「え? 何いきなり。それより名前呼んで」  初めから高梨が激しく突いてきて僕は嵐にあった小船のように揺さぶられながらお望み通り「啓、啓…」と呼び続けていた。僕と高梨は追われているように快感という追い風に押されて闇雲に高みを目指して必死に走っている。 「悪いけど、司…俺、そろそろ限界…」  食いしばるように高梨が言って僕の張り詰めたものに手を伸ばして、先走りとローションでぬるぬるの先端を親指で引っかくように擦ってきた。 「うわぁあ、啓、勘弁してっ。そんなのっ」  後ろと前からの刺激で堪らず目の前に火花が散るような射精感がこみ上げる。知らずに後ろをきつく締めていた。 「ううっ」と呻いて高梨が僕の中で果てたのが分かる。その感覚と前を扱く高梨に煽られた僕も再び彼の手の中でイッてしまった。  ぐったりと僕にもたれこんで来た高梨だったが、すぐに敷いていたバスタオルで手や、二人分の下腹部をざっと拭いてまとめて引き抜いてベッドから下に落とした。  お互いに横向きに向かい合わせになる。すると忘れていた羞恥心が戻ってきて、高梨の顔がまともに見れない。その俯く僕の頭を高梨が柔らかく撫でる。 「なあ、司お願いがあるんだけど」 「ん? 何?」 「学校行ったら、多田の前で俺のこと名前で呼んでみせて」 「はぁ?」  今度は何を企んでいるのか疲れた頭ではさっぱり分らない。 「なんで、多田がでてくるんだよ。そういや、保健室で多田に見せ付けるような事をしたのはなんだったの? あんな事するから僕は勘違いして」 「知らなきゃ知らないでいいんだけど」  そんな事を言う高梨の耳を掴んで僕はこっちを向かす。恥ずかしさはまた消えた。 「何言ってるんだよ、言えよ」 「さっきまで、あんあん言ってあんなに可愛いかったのに」という高梨の腹に一発肘を打ち込むと、げふっと言って腹を押さえた。 「いてぇ、乱暴者! 言うよ、多田はあんたの事好きなんだよ」 「好きって」 「俺と同じ意味だぜ。ちなみに」  まさか。だって、多田は確か彼女とかいたんじゃなかったっけ? 今はどうだったか知らないけど。それでも男が好きなわけじゃないだろう。とにかく周りにそんなやつばかりいるもんか。 「多田の好きは君のと違うよ」 「だったら」  学校行ったら言えよ司。俺を名前で呼べよと、ちょっと苛ついた態度の高梨に仕方なくうんと言ってしまった。だって焼きもち妬かれるなんて初めてでちょっと嬉しかったりする。 「それと今から、家に友達のところに泊まるって電話しろ」 「しろってそれ、お願い?」 「明日は、祭日で休みだし。いいだろ?」 「だめだよ、今日用意何もしてないし」  僕の応えに無言でぐいっと手を引かれて、またもや高梨に組み敷かれる。 「いい顔して司」  カシャーッという音に驚くと、高梨の右手にはスマホが握られていた。 「撮ったの?」 「今から家に電話してくれるだろ? まだまだシ足りないしさ」 「信じられない」  頭から湯気が立つくらいむかついて、高梨を睨むとちゅっとついばむようにキスされた。高梨が楽しそうに輝くような笑顔で笑っている。  うわ……。  極悪な天使だ。天使の顔に真っ黒な翼が背後に見える。ヒラヒラ振るその手には僕の素裸の写ったスマホがあった。  僕はこの先も高梨に振り回されるのだろう。ムカつきながらもスマホを操作し家の電話番号をタップした。でも、僕の初めてが全部高梨だったのが嬉しいから許してやる。 「啓、ファーストキスが君で良かった」  そう言ってやったら顔が真っ赤になって、にっこりとほほ笑んだ高梨はやっぱり僕の天使だった。      終わり
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