キス!キス!

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キス!キス!

「ここで何しているの、松本君」 「んあ〜? 何しているって寝てるに決まって……」  耳元で声がして、寝入りばなを起こされた不機嫌さ全開で声の主を撥ね退けようと手を振る。ところが、その手をぐっと掴まれて自分の顔の横に押し付けられた。驚いて声をあげようとした僕の口が柔らかいもので塞がれた。 「んんん……」  意識が突然戻り、その柔らかい感触が何かが分って顔を左右に振って逃れようとするが、反対の手ががっちりと僕の顔を押さえていて動けない。体の上に乗り上げるような体勢で腰から下は高梨の足で挟まれてしまった。何ですっかり寝こけていたのかが悔やまれる展開だ。 「どこに行ったと思ったら、ここで俺のこと待ってたの、松本君」 「ま、まさかっ! お腹が痛いことにしたんだよ。そしたら多田が」 「いたっ」  いきなり高梨が首筋に噛み付いてきて僕は驚いて声を上げた。 「何するんだよ、痛いじゃないか」 「あんたが多田の名前なんか出すから」 「へ?」  僕を見下ろす高梨が口をへの字に曲げているが、それが多田とどういう関係があるのかが分からない。 「あのさ、多田の名前を出すと何で僕が噛み付かれなきゃならないんだよ。分けが分らん」  お約束のように高梨にさっき噛まれた場所の横を噛まれて悲鳴を上げる。 「言うなって分かんないの? そんなだから、ガリ勉してても俺に負けるんだよ」  噛んだところをぺろりと舐められ、その感触にもう一回悲鳴を上げた。 「ななななにするんだよっ。どけよ、高梨。僕、ちゃんと言う事きいたじゃないか」 「あれで終わりだと思ってたの、あんた?」  じゃまじゃまと言いながら、高梨の手がすっと僕の眼鏡を奪って隣のベッドにぽんっと投げた。眼鏡の行方を見ていた僕の体操シャツが首の方まで瞬時に捲り上げられる。え、何? ちょっと待って。僕は頭に血が上ってくるのを感じた。  だって、これってどう見ても僕をタコ殴りしようとかの行動じゃない。これって、その……女の子相手ににするみたいにしたいっていう……? 「ちょ、ちょっと待って。あ、相手を間違えてるんじゃない。それともからかって後で笑い者にするつもり?」  早くもハーフパンツに手を伸ばしていた高梨の手がぱたっと止まる。そしてくっつくほど顔を寄せてじっと見詰めてくる。  片手は拘束されているものの、もう片方は自由のはずなのに動けなくて、僕は小動物のようにびくびくと体を震わせながら高梨の言葉を待っていた。  そう、僕は待っていたんだ。高梨が否定するのを。 「間違えてないけど? あんたが見てた回数、俺もあんたの事見てたんだからさ」  高梨の言葉を理解するまで、すごく時間がかかったような気がする。積分? 化学式? そんなものより、難しい今の言葉。  見ていたって、どういう事? ただ、見てただけ? まさか僕と同じな訳ないよな。  いや、待てよ……ええと。 「いだだだだだだだ」 「何、人が告ってるのにぶつぶつ言ってんの」  またもや、高梨に頬をつねられて僕は涙目になる。反芻するように彼の言葉がじんわり沁みてくる。告るってそういうこと? なんか嬉しくなってきたけど、あまりのどんでん返しに頭がついていかない。 「こ、告るって、これ拒否る権利あるの?」 「無いな」  あっさりとそう言い放ってすかさず唇を奪われてしまう。内心三回目だよなと思った途端に、顎を捕まれて口を開かされた僕の口内に彼の舌がぐいっと差し込まれて、僕は目を白黒させた。  何、これ。何が始まるの?  逃げ惑う僕の舌を追い回して絡め取ると強く吸われて、離されたと思うと口内をぐるりと舐めまわされる。息苦しいのと眩暈がするほどの気持ちの良さに意識を持っていかれそうになる。やっと高梨が顔を上げると、どちらの唾液とも分らぬまま口から溢れて喉を伝って流れた。 「な…何、今の?」 「え? キスだけど?」  余裕しゃくしゃくで答える高梨がぐっと身をかがめて僕の唇を軽く噛んだ。 「あ……」  びりっとした感覚が背中に走って思わず声があがる。 「感じた、今の?」と、至近距離で囁かれて恥ずかしくなって腕を突っ張って高梨の体を遠ざけた。 「ばっかじゃないの? 感じるってなんだよ。何言ってんだよ」  あのさあと高梨が笑う。 「あんた、今どんな顔してんのか知ってる? すごい感じてるって顔してるよ」 「うそ」  慌てて顔を隠すと高梨が噴出す。 「思ってたよりあんた面白い」 「面白いってなんだよ。四点僕よりテストの点数が良かったからって偉そうにするな」 「今回は手え抜いてあげたのに。勉強してなかったし」  手を抜いただなんて失礼な。むっとした僕の眉間に寄った皺を高梨の指が押える。 「あんたが俺を見に来るのをいつも楽しみにしてたんだよ。なんて幸せそうに俺を見るんだって思ってた。そしたら、幸せが伝染したみたいにあんたが来ると嬉しくてさ、ずっと店に入らないかなってそう思ってた」 「あんなおしゃれなカフェ、一人で入れるわけないだろ」  僕の言葉に「だろうな」と高梨は笑った。 「草食獣並みに怖がりで警戒心強そうなあんたをどう攻略しようかと思っていたのに本人から飛び込んでくれたんだもの、逃がすわけないよね」  真摯な告白と思いきや、最後まで聞くとやっぱり高梨は悪魔だった。 「まあ、話は後ってことでさ」  あっさりと高梨はそう言って話を打ち切ると、大きくて指の長い手で僕の胸をすうっと撫でた。くすぐったいだけではないぞわりとした感覚が襲ってたまらず、「はああっ」とまたもや、変な声を出してしまう。だけど断じて出したくて出してる声じゃない。 「い、今のは違うから」  何がどう違うのさと笑いながら、高梨の手がもう一度おさらいをするみたいに胸をゆっくり撫でていく。違っていたのは、今度はある一点に止まった事だった。 「うわあああん、何止めろっ。高梨ぃ、やめっ…ああっ」  高梨の指が僕の胸の先っぽを摘んだ。そんなとこ、何で? 女の子じゃないんだからと否定したいのにきゅんとした感覚に立て続けに声が上がる。  それに気を良くしたのか、軽く潰したり、指に挟んでゆるゆると揺らしたり。高梨が好き放題するのを今度ははっきり拒否するつもりで手を掴む。 「あ…あんっ! 止めろ、いい加減にしろって! じゃないとっ」 「じゃないと何?」  じゃないと何だ? 今自分が言ったのか? 何言ってんの、僕。じゃないとどうなるっていうつもりだったのかと体中が一挙に熱くなった。 「なぁ、止めないとどうなるんだよ、司」 「い、嫌……」  いきなり名前を呼ばれて急激に胸に集中していた熱が膨れ上がる。名前呼ばれただけなのになんなんだよ、これ。そしてふわりとした感触を裸の胸に感じた。
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