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隼人が重そうにトートバッグを抱えて店にやって来た時、たまたま流もそこにいて、アルバイトのバーテンダーをからかっているところだった。
「あれ、優さんは?」
「いらっしゃいませ。優さんはお休みですよ」
「マジかよ……」
開口一番の言葉に満面の笑みで返されて、あからさまに落胆する隼人。しかしすぐに気を取り直したらしく、胸を張って大股に流に近づいてくる。
「見ろよ、秋山」
心なしか挑戦的に言い、隼人はカウンターにやって来ると、トートバッグから取り出したアルバムを流の前に広げた。
「お前、これ……」
写真には優が写っていた。雑誌のグラビアにしてもおかしくない、洗練された雰囲気。ごく自然な、リラックスした表情。
「いやあ、すごいかっこよく撮れてますねえ。さすがプロ!」
バーテンダーの声に、人が集まってくる。目の前で次々ページがめくられていく。流はとまどいつつ、アルバムに目を落とした。
「真っ先に優さんに見せたかったんだけどなあ。まさか週末に休みとは思わなかった」
それは流も同じだった。ついさっきまで会っていた諒太の休みは当然として、優もいないとは思わなかった。今日から三日間休むと、開店前に連絡があったらしい。病欠ではないらしく、元気そうだったという。
諒太の部屋を飛び出した後、流はぼんやり歩き続け、いつの間にか新宿に来ていた。空虚なこころを抱えたまま、とにかく優に会いたいと思った。
あんなのは嘘だと、言って欲しいのか。あんなものを見せられた後、優の前で普通に振る舞えるのか。自分で自分が分からないままに、とにかくやって来た。
事前に優に連絡はせず、直接店に来たのは、二人きりで会うのが怖かったからかも知れない。まだ事実を受け止め切れていないのを、流は感じている。
この急な休みこそ、諒太の言う「ウリ」ではないのか。不安と疑いがないまぜになり、混ぜあわせても完全な黒にはならない絵の具のようで、心が落ち着かずあやうい。
そんな気持ちが、写真を見た途端たちまちたまらない恋しさに変わった。優のあまりにも自然で穏やかな表情が流に嫉妬を感じさせ、今すぐにでも抱きしめたいと思い、しかしすぐにしぼむ。
優を本当に自分一人のものにしていいのか、果たして自分のような男にそれができるのか、自信が蒸発していくようだ。
「なんだよ、こんないい写真を前に怖い顔して。ほら、これなんか最高にセクシーだろ? そそるだろ?」
ページをめくって示されたモノクロの写真は、まるで情事の最中のように色気がしたたっている。
乱れた髪、隼人のものらしき髪に添えられた手。なめらかな裸の肩。潤んでいるようにも見える、上目遣いの瞳。わずかに開いた薄い唇。まつげの震えまでが伝わるようだ。
流はたちまち、疑心暗鬼の網に絡め取られた。本当に情事の合間に撮られたのではとしか思えない。
だが隼人の性格からして、なにもやましいことがなかったからこそ、こうして得意げに見せびらかすのだとも考えられる。
「おいおい、さてはお前思いっきり疑ってんだろ? ぶっちゃけ、俺ずっと勃起しちゃってたよ」
バーテンダーの笑い声が、流がにらんだ途端ぴたっと止まる。
「おっかねえなあ。まあ、聞けって。あっさり誘い蹴られちまったんだよ。さみしかったなあ。分かるだろ、一緒にメシ食って別れた後、高級ホテルのダブルルームで一人、部屋で俺がなにしたか」
流の嫉妬と怒りを逆なでするかのように、隼人はにやにやと笑う。
「そんな殺しそうな目すんなって。お前は幸せもんだぞ、秋山。もう優さんには他のヤツなんて目に入っちゃいないんだからよ」
あっけらかんと言い放つ隼人。どうやらこれは、隼人なりのエールと、敗北宣言らしい。
そう理解はしたものの、流の疑いは隼人とのことだけにとどまらず、一度混ぜてしまった絵の具は、もう元には戻らない。
「いやこれはちょっと危険だぞ、二丁目を震撼させるぞ」
何事も大げさな、店長の藤崎の声。半分呆然としている流のすぐ横で、広いところで見ようとアルバムがテーブル席に移される。
流はこれ以上写真を見る気になれず、一人カウンターで頬杖をつく。
独り占めしたい。独り占めできない。不安と嫉妬が石のように重く、流の胸を転がり続ける。
急に三日も休んで、優はどこで誰となにをするのだろう。どうしてなにも言ってくれなかったのだろう。「ウリ」ではないと、思いたい。
また、映像の中の優の映像がフラッシュバックする。それはやがて、今の優の姿になる。
信じたい。信じたいが、萎えた自信は疑いと嫉妬に容赦なく蹂躙され続ける。
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