SCENE9

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 返事遅くなってごめん。店に来たんだね、会いたかったな。今度はいつ会える? 今すごく流ちゃんに会いたいよ。  流は優からのLINEを重いため息とともに思い出し、新宿の街をゆっくりと歩いていた。  LINEはきのう、日付が変わった頃に届いた。単なる偶然か、なにかの用事で休んでいた三日間を過ぎてからだ。  そんな小さなことを気にかける自分が嫌だ。どんなことにもまず、黒い光を当てて見てしまう。優からの「会いたい」という一言があんなにもうれしかった日が、何光年も遠ざかってしまったようだった。  それでも、優に会うべきだと流は思い、すぐ次の日に会うことにした。またごちゃごちゃと考えてしまう時間を、なるべく少なくしたかった。このままでは、自己嫌悪に際限なく沈んでしまう。 「よっ、秋山君! なんだ、浮かない顔して」  新宿御苑沿いの道を顔を伏せて歩いていると、聞き覚えのある声がいきなり、人気のない暗い路上に陽気に響く。 「あ、石田さんお久し振りです」  石田は黒いコートにジーンズ姿。ブランドのロゴ入りの大きな紙袋をいくつも持ち、ほろ酔いのようだ。 「ちょうどいいところで会ったよ、優のとこ行くんだろ?」 「え、ええ、まあそうですけど……」  持っていた紙袋を、いきなり流に突き出す石田。 「これ、優に渡して」 「なんですか、これ」  受け取ると、袋の中身はすべて服なのか、荷物の多さのわりには重くない。 「貢ぎ物だよ、あっちもこっちも大変なんだよ、俺」  はあそうですか、と覇気なく答える流に、石田は急に真顔になる。 「なあ、お前頼むぞ、優のこと」  石田は流の肩を重くたたき、揉むようにしっかり握る。なにか言いたげに、なかなか離そうとしない。  流がなにか言わなければと口を開こうとした時、 「とにかくさ」 と、石田がぱっと華やかに笑った。だが、ネオンに照らされた笑顔は、どこかさみしげにも見える。 「優を幸せにしてやってくれな」  優さんも客も、おいしいとこだけ持っていきやがって、と諒太はわめいた。今また石田も、オーナーと従業員以上の関係を匂わせるかのようだ。 「そんじゃ、頼んだからな! さて、俺は奥さんの機嫌取りに帰るわ」  石田はたちまち陽気な酔っ払いに戻って、ふらふらと道を右に曲がり、去っていく。その背にいつものような強さがなかったのは、きっと気のせいではない。  苦い。  石田と別れた流は、足取りも重く優の住むマンションにたどり着き、インターフォンを押した。 「やあ、待ってたよ」  ドアを開けた優の、うれしそうな笑顔。そっと流の唇に唇を触れあわせてくる。 「……優君……」  優はなに、と柔らかく首をかしげ、立ち尽くす流の腕をつかむ。 「ほら、入って」  優との関係が、あざやかに変わった。なのに、どこまでも気持ちが沈んでいく。諒太の部屋で見せられた映像が、焼きつけられたように頭から離れない。石田からも、頼むと言われてしまった。 「どっかで買い物してきたの?」  流は首を横に振り、肩にかけていた石田から託された紙袋を、優に差し出した。 「石田さんにばったり会って、これ優君にって」  優は、いつにない流の暗い表情と渡された物を見て、表情を曇らせた。なにか感じるものがあったようで、きれいな奥二重の瞳ですがるように流を見る。 「優を幸せにしてやってくれって、頼まれた」  流は優を見ることができず、力なくつぶやいた。 「そっか」  優は紙袋をグレーのソファの脇に置くと、流の腕をつかんだままソファにぽすりと身体を沈める。 「なに突っ立ってんの?」  甘えるように腕を引かれ、流は優の隣に座った。優の細い指が、指に絡んでくる。どこか遠慮がちに、身体を寄せてくる。 「今度の諒太の送別会、行くでしょ?」  諒太が店を辞めることになり、同業者もなるべく参加できるように、送別会は定休日の前日、夜九時からCLUB ONEで、ということになっていた。流も当然誘われたが、早々と行かないとだけ返している。  だから、ただ力なく首を横に振った。
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