47人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
SCENE9
返事遅くなってごめん。店に来たんだね、会いたかったな。今度はいつ会える? 今すごく流ちゃんに会いたいよ。
流は優からのLINEを重いため息とともに思い出し、新宿の街をゆっくりと歩いていた。
LINEはきのう、日付が変わった頃に届いた。単なる偶然か、なにかの用事で休んでいた三日間を過ぎてからだ。
そんな小さなことを気にかける自分が嫌だ。どんなことにもまず、黒い光を当てて見てしまう。優からの「会いたい」という一言があんなにもうれしかった日が、何光年も遠ざかってしまったようだった。
それでも、優に会うべきだと流は思い、すぐ次の日に会うことにした。またごちゃごちゃと考えてしまう時間を、なるべく少なくしたかった。このままでは、自己嫌悪に際限なく沈んでしまう。
「よっ、秋山君! なんだ、浮かない顔して」
新宿御苑沿いの道を顔を伏せて歩いていると、聞き覚えのある声がいきなり、人気のない暗い路上に陽気に響く。
「あ、石田さんお久し振りです」
石田は黒いコートにジーンズ姿。ブランドのロゴ入りの大きな紙袋をいくつも持ち、ほろ酔いのようだ。
「ちょうどいいところで会ったよ、優のとこ行くんだろ?」
「え、ええ、まあそうですけど……」
持っていた紙袋を、いきなり流に突き出す石田。
「これ、優に渡して」
「なんですか、これ」
受け取ると、袋の中身はすべて服なのか、荷物の多さのわりには重くない。
「貢ぎ物だよ、あっちもこっちも大変なんだよ、俺」
はあそうですか、と覇気なく答える流に、石田は急に真顔になる。
「なあ、お前頼むぞ、優のこと」
石田は流の肩を重くたたき、揉むようにしっかり握る。なにか言いたげに、なかなか離そうとしない。
流がなにか言わなければと口を開こうとした時、
「とにかくさ」
と、石田がぱっと華やかに笑った。だが、ネオンに照らされた笑顔は、どこかさみしげにも見える。
「優を幸せにしてやってくれな」
優さんも客も、おいしいとこだけ持っていきやがって、と諒太はわめいた。今また石田も、オーナーと従業員以上の関係を匂わせるかのようだ。
「そんじゃ、頼んだからな! さて、俺は奥さんの機嫌取りに帰るわ」
石田はたちまち陽気な酔っ払いに戻って、ふらふらと道を右に曲がり、去っていく。その背にいつものような強さがなかったのは、きっと気のせいではない。
苦い。
石田と別れた流は、足取りも重く優の住むマンションにたどり着き、インターフォンを押した。
「やあ、待ってたよ」
ドアを開けた優の、うれしそうな笑顔。そっと流の唇に唇を触れあわせてくる。
「……優君……」
優はなに、と柔らかく首をかしげ、立ち尽くす流の腕をつかむ。
「ほら、入って」
優との関係が、あざやかに変わった。なのに、どこまでも気持ちが沈んでいく。諒太の部屋で見せられた映像が、焼きつけられたように頭から離れない。石田からも、頼むと言われてしまった。
「どっかで買い物してきたの?」
流は首を横に振り、肩にかけていた石田から託された紙袋を、優に差し出した。
「石田さんにばったり会って、これ優君にって」
優は、いつにない流の暗い表情と渡された物を見て、表情を曇らせた。なにか感じるものがあったようで、きれいな奥二重の瞳ですがるように流を見る。
「優を幸せにしてやってくれって、頼まれた」
流は優を見ることができず、力なくつぶやいた。
「そっか」
優は紙袋をグレーのソファの脇に置くと、流の腕をつかんだままソファにぽすりと身体を沈める。
「なに突っ立ってんの?」
甘えるように腕を引かれ、流は優の隣に座った。優の細い指が、指に絡んでくる。どこか遠慮がちに、身体を寄せてくる。
「今度の諒太の送別会、行くでしょ?」
諒太が店を辞めることになり、同業者もなるべく参加できるように、送別会は定休日の前日、夜九時からCLUB ONEで、ということになっていた。流も当然誘われたが、早々と行かないとだけ返している。
だから、ただ力なく首を横に振った。
最初のコメントを投稿しよう!