SCENE9

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「え、なんで?」  なにも知らない優が、無邪気さすら感じさせる仕草で首をかしげる。流は唇をかみしめ、優の指が絡んだ手に痛いほど力をこめた。  画質の悪い映像の中、あえぐ若い優。諒太のゆがんだ笑み。石田の言葉。隼人のうらやむような視線。そしてまた映像の中の優。浮かんでは消え、流の心をかき乱す。 「ねえ、どうしちゃったの、流ちゃん」  優が心配そうに形のいい眉を寄せ、顔をのぞきこんでくる。 「石田さんとは、どういう関係だったの?」  やけに硬く、乾いた声が出て、流はやはり優の顔を見ることができない。  苦い。つらい。 「……俺を拾ってくれた人だってのは、知ってるでしょ?」  流を見上げる優の瞳は、心なしか潤んでいた。 「食わしてくれて、服とか買ってくれて俺をちゃんとしてくれて、店で働かせてくれた。そういう関係が、まともに暮らせるようになっても、ずっと続いてた」  優は聞き取れないほどの小声で言い、長いまつげを伏せた。肩先がきつくふれあわされる。 「で、時々は、寝てた。だけどそういうのはもう終わり、ってメッセージだと思う。だって流ちゃんがいるもんね」  やわらかな、そっと心をなでるような声。  優を見ると、優は微笑んでいた。ほっとしたような笑顔が、流の中でさっき見た石田の笑顔と重なる。さみしげなのにほっとしたような笑顔と、ほっとしたようでさみしげな笑顔。  時々は、寝てた。優はそう言った。ごく当たり前に。逆上してもいいはずの言葉も、今はただ流の耳をかすめていく。もうこれ以上、心に入る余地がない。  唐突に、優は大げさなあくびを一つした。 「今日はもう、寝ようか」  眠そうにして見せるのが、どこかわざとらしい。優は優なりに、気を遣ってくれているのだろう。でもその気の遣い方は、初めてキスした時の冷静な優を思うと、妙に不器用だ。 「ああ……」  流は上着を脱ぐことすら忘れていた自分にわずかに苦笑して上着を脱ぎ捨て、優に腕を引かれてリビングの隣のベッドルームに行く。  お互い無言のままTシャツとトランクス一枚になり、明かりを消してベッドに入る。帰ってもよかったのだ、と気づいたのは、しばらく闇をにらんでからだった。  そっと、機嫌をうかがうようにベッドの中で流の手を握ってくる優。その手を握り返せずにいると、指がきつく絡みあわされた。  優の切実さに、胸がせつなくざわめく。流はぎゅっと目を閉じてそれに耐えた。  ざわめきがおさまる気配はない。激しくなる一方だ。そんな流の隣で、優も眠れないのか、呼吸がいつまでも寝息に変わらない。  息苦しい。泣きたい。もう耐えられない。無理だ。無理だ。  好きだからこそ、無理だ。  流はついに、優の手を振りほどいた。 「流ちゃん……?」  薄闇の中に響く、優の声。胸に突き刺さる。あまりに心細そうで、せつなげで。 「……ごめん、俺帰る」  ベッドを出ようとする流に、言葉より早く、しっかりしがみついてくる優。 「なんで? 待って、待ってよ」  無理だ。好きだからこそ、無理だ。  その一言を言ってしまえば終わる。そしてそれがすべてだ。  流の頬を一筋、鈍く光りながら静かに涙が流れ落ちる。まるで孤独な流星のように。
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