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SCENE5
人通りの少ない、うっすらネオンで照らされた道に、流が陽気に話す声が響く。低音がほどよく混じる声が、耳に心地いい。それだけでなく、ほろ酔いでほてった身体も、タイ料理屋で染みついたスパイスの匂いも、なにもかもが心地よく思える。
手をつなぎたい。
唐突にそう思い、優はそんな自分に驚いた。その思いが流から降ってきたかのように、流を見上げる。
「どうしたの、優君?」
これまでつきあった男達と、当然のように手どころか肩や腰を抱かれて歩いていた道。それが望んだものだったことが、これまで何度あっただろう。
いきなりキス以上から入るつきあいばかりで、手をつなぐという行為を特に意識したことなんてなかった。そういうものだと思っていた。
でも、本当は……。
「酔ってる?」
ネオンに照らされ、濡れたように光る瞳。ひたすらに見つめられて、流は困ったように笑う。その手は頭をかいただけで元に戻り、優の望みをかなえてはくれない。
「寒いね、早く帰ろう」
思わず早口になった。流の手を握り、優は足早に、自分よりも大きな流の身体を引っ張るように歩く。
あたたかい。つないだ手から伝わるぬくもりに、自然ととろけるような笑顔が浮かぶ。
本当はこうして、ゆっくり育てて味わうべきものなのに、いつも欲望のまま未熟なうちにもぎ取られ続けて、優は自分もそういう風にしかできなくなっていた。
それでも流は、きっと内心はかなりとまどいながらも、こんな自分のそばにい続けてくれた。
「優君」
呼ばれて振り返ると、流が笑っていた。照れながら、本当にうれしそうに。大きな口が顔いっぱいに広がっている。その優しく細められた瞳が、優を呼んでいる。
ああ、好きだな。
優は思った。流は幸せを隠さない。隠せない。そこがいい。
歩調を緩め、流に寄り添う。
キスもセックスもしなくても、気持ちはちゃんと確かめられる。優は宝物を見つけた子供のように笑った。
手をつなぐだけで、こんな気持ちになれるなんて知らなかった。心は浮くように軽く、あたたかさという幸せが、ゆっくりと穏やかに全身を覆っていく。
流の大きな手が、しっかりと優の手を握り直す。その手は少し汗ばんでいた。幸せだな、と優は思った。このまま眠ってしまいたいような気持ちよさだった。
「ねえ、俺とちゃんとつきあってくれる?」
ひっそりと大事そうに、流がつぶやく。まっすぐに前を見つめ、強く優の手を握りながら。
「うん、俺なんかでよければ……」
こんなふうに少しずつ、段階を踏んでいくそのよさと幸せを、優はようやく思い出し、取り戻せた気がした。きっと、この前なにかが違うと思ったのも、それを取り戻しかけていたのだろう。
流が本当はもっと早く言いたかっただろう言葉を、これまで言えなかったのは自分のせい。
でもこれからは二人で、こうして散歩を楽しむように一緒に歩んでいける。
「ありがとう、マジうれしい」
初めてキスしたあの夜のやり直しだ、と優は思った。本来はあの時、こうなるべきだったんだろう。
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