手紙に込める想い

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手紙に込める想い

大好きな人に書く手紙。ラブレター。最近は手紙を書く人は少ないのかもしれない。手紙は面倒で、手間がかかって、しかたない。 でも私は手紙を書いている。 買ってもらった便箋と封筒を使いたかったのかもしれない。そもそも携帯電話を持っていないから、相手の連絡先を知らないから……。 何回も書き直して、何回も失敗して、何枚も便箋をしわくちゃにして、やっと封筒にシールを貼ることができた。 同じクラスのひとりの男の子が気になったのは、いつからだったろう。席は離れてるし、係も一緒じゃないし、あまり話したこともない。 でもいつからか、ちょっと離れているはずの、彼が友達と笑い合う声や横顔、国語の時間の音読の声、算数の時間に黒板で問題を解く背中、体育の時にすれ違った、彼の纏っていた風にまで、敏感に反応するようになっていた。 ふわっと頬が熱くなり、顔が赤くなっているのを自分でわかってしまうほど。学校以外の場所でも、彼のことを考えてしまっているほど。 うまく書けたかわからないけど……素直な気持ちを手紙にできたと思う。 「……よし、出してこよう!」 自分の部屋の机で意気込んで、ポシェットに手紙をそっと入れ、一階のキッチンで夕飯を作っているお母さんに「ちょっと出かけてくる」と一言。 「こんな時間にどこに行くの?」 「え!? えと、て、て……さ、散歩……」 玄関に着く前にひき止められてしまった。 当たり前と言えば当たり前。私はまだ小学生だし、辺りは夕焼け空の色に染まり、夜を迎えようとする濃い空気が漂っている。 「散歩なら、お父さん帰ってきてから一緒に買い物に行ってきてくれない?」 「あ……うん、わかった」 キッチンの入り口で、私は回れ右をして階段をのぼり、自分の部屋にとぼとぼと戻った。 お父さんが一緒じゃ、手紙なんて出せない。ましてやラブレターなんて。自慢ではないけど、私のお父さんは娘を、私を可愛がりすぎる。 仕事から帰ると必ずおかえりのギュー、とハグをしていた。恥ずかしいからやめてと言ったら、しょんぼりした顔で「じゃあせめて、おかえりって玄関まで迎えに来てね……?」と約束の指切りをさせられたので、それくらいならと毎日の日課になっている。 べつに、嫌じゃないよ、お父さん好きだし。でもそんな娘に好きな人ができて、ラブレターを出すなんて知ったら、お父さんはなんて思うだろう。なんて言うだろう。 ふと、好きの違いについて考えた。ベッドに座って、真新しいスプリングの弾力に揺れる。 お父さんは好きだけど、彼への好きとはちょっと違う。お父さんのハグはなんだか恥ずかしくてやめてって思うけど、大きくて暖かくて、安心できる時もある。 じゃあもし、彼とハグしたら……? ……あれ? うわ、想像できない! 彼の顔が浮かんで、お父さんたするみたいなハグを想像しようとして、その不鮮明な妄想は、瞬く間に煙になって消えた。と、同時に玄関でチャイムが鳴る。 お父さんが帰って来たようだ。
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