今日

4/4

19人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「馬鹿な」  そこにある筈の百万円は無くなっていた。  盗まれた。  背筋が凍るように冷たい、心臓の音が大きくなる。リュックから封筒を取り出し、中の札を出すが、中に入っていたのは札では無かった。全ての一万円札が新聞紙やチラシにすり替えられていた。直ぐに凍える寒さから、一転し熱くなる。無くした金は弁償となるのだろうか等、考えられる状況でも無かった。  そんな中、銀行内で一人の男が叫ぶのだった。 「金がない。盗まれた」  銀行内は一度音を消し、利用客が各々鞄や財布を開き、皆が真っ青な表情で顔をあげる。悲鳴をあげる者までいた。面接時に聞いた悲鳴とは違う悲鳴。  一人の男は声を荒げながら、ローン窓口で机を殴る。  銀行員が男の元に駆け寄り、何かを話している事が分かる。男の表情は相変わらず怒りに満ち溢れた般若の面の様な表情をしている。般若と言えば女性のイメージでは在るが、まるで怒りの面を被っている様に思えた。  その間も番号は百四十五番から変わる事も無く、アナウンスが鳴った。鳴ったと同時に銀行のシャッターが閉じられ、僕達は銀行に閉じ込められる事となった。 「全員手を挙げろ、犯人はこの中に居る」 大声で怒鳴る男の声で、彼が苛立っている事が分かる。二十年以上平和に暮らしていた僕は産まれて初めて銃と言う物を目にしたのだ。アレの正式名称も分からない。ピストルなのか拳銃なのか鉄砲なのかチャカなのか、何でも良い、ソレを男は鞄からゴソゴソと出し右手に構え、探偵の様な事を言った。  この中に犯人が居ると言うが、犯人は明らかにお前だろうと銀行内の全員が思ったに違いない。  全員手を挙げろとの指示に従い、全員が手を挙げる。銀行員も客も、偶々現場に居合わせてしまった僕の様な探偵も、唯々手を挙げる事しか出来ないのだった。自分だって被害者なのに、初日から散々である。思えば面接時も面倒だったなと手を挙げながら、僕は思い出す。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加