act.12 危機局面

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 改めて首筋に寒気が走る。 (……友だちは選んでくれよ、父さん)  覚えず、既に亡い父に、脳内で悪態を吐いてしまう。  小谷瀬を裏切ると言った楠井を、父が簡単に信じたのかどうかは緋凪にも分からない。  だが、これだけは緋凪も確信していた。楠井も、間違いなくサイコパスだ。平気で口先の嘘を並べ、他人の痛みに共感もできない。自分が世界の中心だ。小谷瀬や、彼の子どもたちと同じように。  そんな人間の言う『約束』は、信用できない。その場限りの出任せだ。  やがて、電車が完全に停止する。慣性の法則に従って、緋凪も楠井も二、三歩蹈鞴を踏んだ。  ドアが開き、ホームで待っていた客がパラパラと乗り込んで来る。 『発車します。閉まるドアにご注意ください』  アナウンスの直後、閉じようとドアが震えた瞬間、緋凪は動いた。掴まれた腕を捻って拘束を逃れ、閉じ掛けたドアの間に滑り込む。  不意打ちだった所為か、楠井はその動きに反応が遅れた。慌てて彼も緋凪を追うが、楠井が外へ出る直前、絶妙のタイミングで扉が閉じる。  チラリと振り返ると、楠井が凄まじい形相でこちらを睨みながら、ドアのガラスをバンバンと叩いていた。  しかし、緋凪はそれ以上その場に留まっていなかった。最早、相手の行動を確認することはせず、ホームの階段を駆け上がる。  改札口に設置された時計は、八時になろうとしていた。  リュックに突っ込んであった度ナシの眼鏡を掛け、少しでも顔を誤魔化すとスマホを確認する。  自分のスマホから確かめても、緋凪の手配はバッチリ掲載されていた。もしかして、楠井の携帯から見た時だけそう見えるよう偽装されたものかと思っていたが、微かな期待は裏切られる。  よく考えれば、未成年を写真入りで公開指名手配するなんて余程でないと違法行為だ。  しかし、仮にマスコミに叩かれたとしても一時的なことだし、東風谷署や小谷瀬陣営は『出したモン勝ち』くらいの認識なのだろう。
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